インドの東沿岸にその昔”黄金のベンガル”と呼ばれた大デルタ地帯がある。ここ一帯には世界有数のマングローブ林と湿地帯が広がっており、多くの野生動物の宝庫でもある。ベンガル・タイガーは、このベンガル湾周辺からバングラディッシュ一帯に住む獰猛な虎の一種で、他の地域の虎より身体が大きく、オスは体長3メートルほどで体重は200㎏を超え象を倒すほどの強さを誇る。現在では頭数を減らし絶滅も危惧されている虎である。VMA(AW)-224はこの虎をニックネームにしている部隊でベトナム戦でも長く活躍している。当時、空母から発艦できる海兵隊唯一の飛行隊であったらしく、空母コーラルシーから出撃し北ベトナムの主要港ハイフォンに機雷敷設などの任務をこなした。後に海兵隊の飛行隊の多くは海軍の空母での運用が可能になったが、当時は珍しかったのだ。(一時は、空母運用の為 唯一KA-6D(給油型A-6)を所有していた)この飛行隊は、ローテーションでよく岩国に来たので非常に馴染みが深い飛行隊である。1990年にFA-18Dに機種更新したが A-6Eで岩国で最後に駐留した部隊がVMFA(AW)-224であった。
VMA(AW)-224”ベンガルス”は、1942年5月1日ハワイのバーバース・ポイントで編成された飛行隊で、当時の部隊ナンバーは”VMF-224”つまり海兵隊の戦闘機中隊であった。最初に配備された機体は、逆ガル翼で有名なボート社のF4Uコルセアで1942年9月からガダルカナル島のヘンダーソン飛行場をベースに日本軍と戦闘を展開、約60機の撃墜を記録している。1942年11月に本拠地を海兵隊エル・トロ基地に移し、再び練成訓練を積んでマーシャル諸島の攻略戦・沖縄戦に投入された。戦後の1950年代 F9F-5パンサーの配備されていた時代に朝鮮戦争が勃発、それに伴って1953年に海軍厚木基地に展開し、日本上空のエア・カバーを行ったようである。1957年からA-4Aスカイホークを受領し、1965年の10月には当時の南ベトナム、チュ・ライ基地に展開、戦闘に参加した。1966年にA-6Aイントルーダー攻撃機の配備を受け上述の通り海兵隊として、初めて空母に搭載されて北ベトナム攻撃に参加した。
上の2枚は、1977年10月嘉手納基地のR/W05似て撮影したVMA(AW)-224のA-6E
In 1966 VMA- 224 was relocated to Marine Corps Air Station Cherry Point, North Carolina. The squadron received A-6A Intruder and thier was redesignated Marine All Weather Attack Squadron 224 "Bengals" and assigned to the 2d Marine Aircraft Wing.
A-6E
1975年から1976年まで岩国にローティーションで駐留していた時期のマーキングで、尾翼はマリンブルー。このマーキングは一度も撮れずに終わってしまった。
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1978年5月に再び岩国を訪れたVMAW-224は、塗装を一新しており、ホワイトベースに赤文字であった。ラダーにはレンガの壁を破壊して躍り出るベンガルタイガーのマーキングが入っている。
Wings
海兵隊のA-6Eは、週末よく横田基地に飛来し 地元のファンを沸かせた。横田基地周辺には、当時自転車で基地周辺を移動しながら熱心に写真撮影をしている中学生から高校生ぐらいのマニア諸氏が存在し 彼らは、ちゃりんこ部隊と呼ばれていた。私の友人の一人もそのメンバーであったが、横田へ行く毎に 彼らの週末の成果を印画紙に焼きつてくれた。彼から頂いた貴重な写真をご覧ください。真っ白い尾翼に赤い文字でWKと書かれており、実に美しいマーキングだった。
”Bloken Wall Bengal Tiger” in A-6E tail Wing"
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1987年にベンガルスが岩国に駐留した半年の間に横田や築城などの航空祭に展示されたので、消えゆくA-6Eの最後の姿を見送ることができた。すっかりグレー色のロービジ塗装であるが、機首番号などは黒ではっきり書かれており写真が冴える。