VMFA-212

(〜2008)

↑ 2003年4月 厚木に飛来したF/A-18C WD-01、国籍マークやランサーの盾をグレーで塗り込めた司令官指定機。

↑ 2002年5月 厚木に飛来したF/A-18C WD-12 

1977年の夏まで 岩国基地には、長期間に渡りVMFA-115/232の2飛行隊が駐留していたため これ以外の海兵隊のF-4が飛来する機会は少なかった。ある時航空雑誌のトピックス欄に 厚木に飛来したF-4Jの写真があったが それは白い尾翼にシェブロンとバルカンクロイツを描いた美しいお姿で航空機マニアを虜にするに充分な存在だった。この機体は、ハワイのカネオヘをベースとするVMFA-212の所属機で アメリカ本国でも中々撮れない部隊だったようだ。

1978年に待望のVMFA-212が岩国に駐留したが そのF-4Jは模範のようなロービジ塗装に身にまとい、仮に撮り逃がしても後悔するほどの魅力はなかった。F-4Sになってからも DB/WT/WDは半年サイクルで岩国に交代で駐留したため 気合を入れれば撮影の機会もあったと思うが、ロービジとなった海兵隊機を積極的に追う気にはならなかった。
 FA-18Aになってからの方が 返って食指をそそる良いデザインであると思うのは、私だけだろうか。また部隊インシグニアはバルケンクロイツを入れた”盾と矛”で 人気のあるパッチの1つである。
VMFA-212のコマンダー機”ランサー01”は、過去何度もマーキングを換え その都度マニアから熱い視線を送られてきた。上の写真は2005年3月から使用されたマーキング。VMFA-212にFA-18が配備された初期のデザインをベースとして シンプルなデザインのものとなったが バルケンクロイツの枠にしまりがなく マニアからはあまり高い評価を受けなかった。

↑ 199710月頃の司令官指定機でC型の初期タイプ、機体部隊番号・Modexなどの字体は、海軍機のような角ばった字体が使われていたが、この後から登場するマーキングは、ゴシック調の丸びを帯びた字体になった。尾翼のバルケンクロイツは、中抜きグレー、機首にホーネット由来のスズメバチが書かれている。F/A-18C Bu.No.163733

↑ 2000年の司令官指定機で 尾翼の大きなシェブロンを入れ本格的にスペシャルマーキングを施した最初の機体である。背中の部隊表記は、VMFAと212の間にバルケンクロイツが入っており その他表記もマリンブルーに統一された。F/A-18C Bu,No,163733 WD-01

↑ 1993年秋 三沢の航空祭に展示されたVMFA-212 WD-04 

VMFA-212は、F-4Sファントムでの7回のUPDを終え 23000時間時間の無事故記録を達成、1988年10月 F/A-18Cに機種交換した。その後 1992年2月に VMFA-232(WT)のF/A-18Cに変わり 2番目のスズメバチC型飛行隊として同年8月まで岩国に配備された。

FA-18C

↑1995年 横田基地に展示されたF/A-18C WD-03とWD-07。この日は、DCのF/A-18A 2機 VKのF/A-18D 2機 WHのAV-8Bが展示された。

WD-00
WD-01
WD-11
WD-04
WD-11

↑ 1997年三沢に展示されたWD-11.この機体のように尾翼の先端のチップに<2+1+2>と十字が入ったのは、1997年のトレンドであった。

1993年8月に2度目の岩国配備となり 1994年1月末まで駐留、VMFA-235と交代。この頃 岩国に来るC型ホーネットは、WT,DB、WDの3部隊。この3部隊は、1996年8月まで半年交代で岩国に配備されてきたが、その後 WDだけが固定配置となって行く。

下の2枚は、1975年8月アラメダ海軍航空基地にて、渡辺明さんが撮影したものであるが、その時の様子を以下のように記述されている。「アラメダ基地を離れる前に一度エンタープライズが停泊している岸壁へ行ってみようと ピートがいった。岸壁と言っても、航空基地のすぐ脇にあり、エンタープライズの向こうにはオリスカニが停泊している。エンタープライズの停泊している桟橋にはクレーンで下ろされたばかりのファントムが2機見える。エンタープライズのVF部隊には、すでにトムキャットが配備されているのだから、それではエンタープライズで運ばれてきたファントムは、いったいどこの飛行隊のファントムなのだろうか?エンタープライズの方へ近づいていった。よく見ると見慣れない白っぽい尾翼のマーキングである。「オー!あれはハワイから運ばれてきたやつだ」と またしてもピートがニコニコしている。「ヨーシ 明日もう一度ここに来よう。明日ここに来た時には、おそらくあの2機のファントムは、管制塔前の外来機の列線に並べられているはずさ。そうすれば明日 あの2機をバッチリ写せるじゃないか」とピートがいう。(航空情報1977年2月号)

1992年 横田基地の公開日 初めて展示されたVMFA-212のF/A-18C WD-12(↓)とWD-14(↑)である。である。

WD-06 (1998)
WD-00 (1996)
WD-07 (1996)
Wings
2006年再び オリジナル?マーキングに戻ったVMFA-212のFA-18C、展示されたのは”WD-000”何故トリプルナッツなのかよく分からないが 岩国に配備された部隊の機体では 時々見ることが出来る。多分 MAG-12か1st MAWの司令官機に指定されたものと想像するが 儀礼的な意味合いが強いはずである。
HOME
NEXT
click here

↑ 2001年1月 厚木に飛来したF/A-18C WD-5とWD-10VMFA-212がFA-18Cに機首交換した際のシンプルなマーキングから F-4ファントム時代のプレート(盾)式マーキングを踏襲したデザインに変更、このマーキングがお気に入りだったようで 比較的長い間このデザインを変更しなかった。

(1994)
F-4J
Tail-making of VMFA-212 F-4S
(1997)
左のイラストは、1971年6月に厚木基地に飛来したVMFA-212のF-4Jのマーキングである。胴体のMARINEの文字は作業上省略したが、実に魅力的な出で立ちをしていた。この部隊は長らくハワイのカネオヘを根拠地としていたが 後期はレードームの特色有る曲線は廃止になっている。残念ながら岩国にローテーションで飛来するようになってからは、アイアンバルケンクロイツの盾と矛だけをシルエットとして描いた簡単なマーキングとなっていた。
1942年に創設された古い飛行隊で F4F-4ワイルドキャットを装備して日本海軍航空隊とガダルカナル方面で死闘を展開した飛行隊のひとつである。その後は、F4U-4コルセア戦闘機に機種交換して沖縄戦にも参加 132機の日本軍を機撃 7名のエースを生んだ。1963年にF-8Bクルセーダーを受領し 海軍空母に搭載され 空母航空団(CVW-16)の一員として 1965年6月から約半年間 ベトナム戦を戦っている。1968年にF-4Jを受領 1972年に再びベトナム戦に参加 1979年9月岩国に配備されたときは グレー色のF-4Jとなっていた。
(2006)

2↑ 200111月頃確認された司令官指定機で すでに交換が始まっていたC型後期仕様。尾翼バルケンクロイツの盾には、剣が交差している。海兵隊表記や部隊ネームすべてがダークブルーで統一され美しい。尾翼の右チップラインには、「SHAG」と書かれていた。Bu.No.不明