VMFA-251
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DW-1/155888
Making of Jul /1977
VMFA-251は、1941年にカリフォルニア州ノースアイランドで偵察任務を目的に創設された飛行隊で、当初はVMO-251と命名された。最初の装備機はF-4Fワイルドキャットである。その後F-4Uコルセアを受領して、ガダルカナル/フィリピン戦線を戦い、1944年にVMF-251に名称変更となった。1964年に現在の部隊名VMFA-251とされ、AD-4D/FJ6/F-8Jと装備機を変え、F-4Jへの機種転換は1971年の6月7日から開始した。1986年ホーネットへの転換を完了、F-4時代は1977〜1978の1年間の駐留以後姿を見せなかったので、FA-18になってからの方が来日が多い。元々空母と共に大西洋方面での任務が多い飛行隊である為、最近またすっかりご無沙汰になっている。(2002/5/26 記)

VMFA-251の前身であるVMF-251は、太平洋戦争後一度予備役部隊となったが、朝鮮戦争勃発と共に現役部隊に復活し僅かな期間であるが、朝鮮戦争へも参加している。その後岩国に15か月ほど駐留し、それまで使っていたダグラスAD-4スカイレーダーからFJ-3フューリーに機種変更し、1957年4月に部隊ニックネームを”Black Paches”から現在の” Thunderbolts”に変更している。

1957年フロリダ州マイアミ海兵隊航空基地にて部隊ニックネームを”Thunderbolts”に変更と同時に、テールレターも”DW”に変更された。

彼らのインシグニアにある白い十字架は、「純粋さの象徴」、赤い菱形は「勇気」、そして青い下地は「忠誠心」を表している。部隊モットーは、「空の守護者」

1961年西海岸のMCASエルトロから東海岸のMCASビューフォートに移動し、1964年10月にF-4ファントム戦闘機を受領したが、その時点で部隊ナンバーがVMF-251からVMFA-251に変更されている。それまで使っていたF-8時代には最初に航空母艦でF-8を運用した海編隊戦闘機部隊として記録され、数々の安全徽章を受けているが、この頃、彼らの活動は大西洋方面が主体であった。

VMFA-251がF-4 ファントム時代に日本に駐留したのは、恐らく1977年10月から1978年6月末までの1度だけであり、1985年にF-4Sを受領してからも、ファントム戦闘機時代には再び日本を訪れる事が無かった。

VMFA-251は、F-4Sを受領して僅か数か月で、新鋭のF/A-18Aに機種交換されている。

VMFA-251は、1977年7月に岩国のMAG-15に配備された。当初来日の際は尾翼をフルカラーで飾っていたが、直ぐにグレースキームにお色直しされ、慌てて嘉手納に行った私が見た機体は、既に下写真の通り全てグレー色であった。しかし、グレーであっても尾翼をフルに使ったマーキングのF-4J”Thunderbolts”は、マニアを充分満足させる存在だった。
DW-10/153773
DW-6/153856
DW-11/153857 & DW-5/153896
VMFA-251がF-4Jを装備していた時代は、上述の通り1977年〜1978年に一度来たきりで、その後はS型時代を含め一度も来日しなかった珍しい存在。従って右図のS型のマーキングは日本では見ることが出来なかった訳だが、1988年FA-18を装備してからは比較的来日頻度が高くなった。
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DW-4/153840
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F-4J