VMFA-312

VMFA-312のF/A-18A初来日は1990年7月で、ホーネットの部隊にしては珍しく所属機全機の尾翼に一部カラーマーキングが施されていた。カラーと言っても グレー色の混じった赤と黄色の2色の薄いラインである。嘗てのトリムラインを構成していた2色であるが こうした色を全機に施しているホーネット部隊は、実に少なかったのでマーキングでは注目された。VMFA-312は岩国への配備回数が少なく 1990年以来ず~と・・日本で姿を見ることはなかった、そして2005年7月、15年ぶりに岩国に駐留したと思ったら 翌々年2007年9月に再び岩国配備となるなど ここ最近は漸く日本にも馴染んできた?部隊だ。 
Insinia of VMFA-312
↑フェリス迷彩を施したVMFA-312F/A-18C Bu.No.163132.2005年頃の塗装で おそらく部隊で唯一迷彩塗装を施された機体で同飛行隊のデビット・A・ソレンセン軍曹が行ったマーキングとされる。テールレターは、その頃所属していたUSSエンタープライズのCVW-1に配属されていたことを示す。IFFアンテナ付の機体。
163129(DR-200)
163165(DR-203)
163132(DR-201
163176(DR-204)
FA-18A
2007年12月、この年私は海外遠征ができなかっただけでなく、国内の撮影行も数度しか実現できていなかったので、最後の帰国休暇を使い那覇のエア・フェスティバルに行くこととした。那覇基地には 過去何度も訪問しているが 航空自衛隊のOHに行くのは この時が初めてだった。12月7日に帰国して翌日那覇まで飛び、日曜日にOHを楽しんで月火は嘉手納での撮影を予定した。多くの友人が那覇のOHにあわせて沖縄に来ていたので、月曜日の嘉手納も空母入港時の厚木のような賑わいとなっていた。しかも 友人からマリーンのF-18 3飛行隊が先週まで訓練をやっていて、まだ嘉手納にいるとの情報。2000年以降3回目の嘉手納であるが、前回も海兵隊機に恵まれていなかったし、三沢でも海兵隊機には見放されていたので正直期待をせずに嘉手納に向かった。

 朝は早くなければいけない、7時半には嘉手納着 まず いつもの丘に上がり嘉手納を展望、「うむ 2度目の飛行停止となったF-15は、静かにハンガーでお休み中であるが エプロンには多数の海兵隊機が駐機しており なにやら整備員も出ている。少し期待に胸を膨らませて エプロンを注視、あれ F-18の数機はJDAMをぶら下げているではないか、「これはしめたものだ、今週も訓練するぞ。」 しかも、ハリアーまでいるではないか!早速 可愛いEOS-Kissに300㎜(2,8)つけてR/W23側に上がりを撮りに向かう。VMFA-312は、最近 ほとんどお目にかかっていない飛行隊であったから、今回飛来していたホーネット御三家(DR・VW・WD)の中で 一番うれしかった部隊であった。(2007/12/25記)
KR-64などのスライドフィルムでは よっぽど光線状態が良くないとF-18の尾翼の下に書かれたシリアルナンバーなんてほとんど読み取れなかったが デジカメに変えたとたん こんなテイク・オフでもしっかり読み取れるのである。古い人間は今さらながら 技術の進歩に脱帽なのだ。この日 テイク・オフを1/500で撮影していたが 大先輩のW氏が、「N.O.B君 デジカメだったら 1/1000ぐらいで撮影したほうがいいよ」とアドバイスしてくれた。KR-64時代は、天気が悪いと1/125でテイク・オフも撮っていた私であるが カメラの自動化がここまで進むと 飛行機を効率よく撮るのも腕より情報のほうがよっぽど重要である。優れたレーダーを持たなかったため敗れた旧日本海軍の艦艇になった気持ちである。

1990年横田基地公開時に展示された2機のVMFA-312所属のF/A-18A

Dec.7 2007 Kadena AB
163174(DR-207)
163124(DR-210)
163438(DR-211)
Wings
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↑ F-4SからF/A-18Cに機首交換して後、最初に施された派手なチェッカーマーキングがこの機体で多くの写真が残されている。2009年にCAG指定機として塗られ、尾翼全体を白黒の市松模様として機番やその他注意書きも朱色を用い、海兵隊機で最もエキサイティングな塗装である。F/A-18C,BuNo,163889  DR-200  搭載空母はUSSハリー・トルーマンCVW-3

↑ 2019年に確認されたDR-200の新塗装。尾翼には複雑なラインが走っている。機体背中にフェリス調の黒いラインを入れ縦に「FIGHT ’ ON」と書き込んであるが、通常の離着陸では地上からは見えない。F/A-18C Bu.No.163889 DR-200

163161(DR-202
 2016年に岩国でも確認された司令官指定機でIFFアンテナ付DR-200.機番や部隊ネームが黒色でまとめられた事から シックな印象を受ける。他の機体が、テールレターをAC(後にNA)としていた中 唯一200番だけが「DR」表記であった。但し 空母搭載時は、「AC」レターに戻り、、コックピット下には、CAGのネームを入れている。 F/A-18C Bu.No.164871 DR-00
何せKR-64時代は、(白黒時代含み) 嘉手納で馬鹿高いテイク・オフなんて撮ろうとも考えなかったが デジカメ君は300㎜に1.4のテレコム付けたら 何と630mm相当の超望遠に早代わりである。早速チャレンジして見ることとした。効果はまずまず・・・この機体は、比較的低い離陸で反対側のJDAMが見えない。
↑ 1988年、F/A-18Aを運用していた頃のVMFA-312のマーキング。尾翼のチェッカー模様以外はほぼ完璧なロービジ塗装であり、背中の部隊ナンバーも薄く表記されていた。この頃のA型は、背中の整流板が見られない。この時期から尾翼の内側に部隊モットーである”FIGHT ON"が書かれ始めた。F/A-18A Bu.No.163172 DR-08
↑ VMFA-312 DR-203, こいつは爆装の状況が分かる。何とJDAMの実弾付けてますな。
↑上写真2枚はVMFA-312所属の FA-18Cがスネークアイ誘導爆弾(これも実弾)をつけてテイクオフしていった模様。スネークアイを付けている左翼には誘導弾をコントロールするLANTIRNらしき誘導用のPODもぶら下げており 右翼の増装タンクでバランスをと取っている。