VMFAT-101
Under Construction Now !
Wings
海兵隊は、偵察飛行隊を含め全盛期には21個もの実戦飛行隊と4つの予備役飛行隊がF-4ファントムを運用していた。ベトナム戦争後 一部の飛行隊は、AV-8Aハリアーに機種変更したが それでも海兵航空隊の主力はFA-18Aが登場するまでファントムが務めていた。VMFAT-101は、ベトナム戦のさなかF-4ファントムのパイロットの不足を補うため急遽1969年初頭MCASエルトロで創設され その後天候による訓練のロスを減らす目的で 年間を通じ天候の安定しているアリゾナ州ユマ海兵隊航空基地に本拠地を移した。 ファントム全盛期はこの部隊のほかに ビューフォートにVMFAT-201(KB)と言うもう1つの訓練部隊が存在していたが、ベトナム戦の終了に伴いVMFAT-201(Howks)は移動先のチェリーポイントで1974年に解散している。 VMFAT-101は、1987年FA-18に機種転換してMCASエルトロに移動 この基地の閉鎖に伴い 現在はMCASミラマーでホーネットライダーの育成に活躍している。SharpShooterのインシグニアは当時スパローを打ち出すファントムであったが、今は当然FA-18に変わっている。
 下の写真は、1980年にMCASユマにて撮影したF-4N/Jである。訓練担当部隊のため 当然ではあるがF-4BからN,Jを経て最後のS型まですべての機種を運用した飛行隊であった。1980年代 塗装はすでに「SH」のレターのみになっているが、過去はなかなかセンスの良いマーキングを施していた。(2002/6/14 記)
Marking of 1971' SharpShooter
Marking of 1976' SharpShooter
2月の末といえば 東京は、まだまだ寒い!しかしロサンジェルスは、半袖でも大丈夫 そしてアリゾナのユマは真夏である。ユマは年間を通じて降雨量が少なく安定して訓練が出来る絶好のポジションなのだ。1980年ごろは、当時のヤクルトスワローズがユマでキャンプを毎年開いていたため この町で日本人は有名であった。我々も基地のガードから「野球のチームと一緒に来たのかい?」と聞かれたことがあるが・・野球選手がユマの基地 しかもオレンジ畑の中で1日中 写真とってるわけ無いだろう!と心で笑いながら 追い出されなかったことだけを喜んだ。SHのシューター君たちはここの主役であり 周辺の射爆場を使って様々な訓練を行っていた。
New Insignia of VMFAT-101
FA-18A/Bに転換したVMFAT-101は、1988年には25機のホーネットとFA-18のインストラクター25名で 本格的な教育訓練を開始している。翌年には、23名の資格取得者を実戦部隊に送り出し 1990年までに150名のホーネットライダーを育て上げた。
 1990年1月に 複座のFA-18Dの最初の2機を受領 A-6E攻撃機からの転換パイロットの教育も開始している。  
この2枚の写真は、その上の白黒写真を撮影した1980年からさらに5年遡った1975年8月に NAS ノースアイランドの海軍リワーク施設で撮影されたものである。渡辺明さん作品で VMFAT-101のこのマーキングを撮影している日本のマニアは、少ない。しかも 上は、J型 下はN型で 尾翼のダークグレーンが非常にきれいである。J型のSH-07の方は、パッケージポッドにも かわいらしい”SHダイヤモンド”が書き込まれている。渡辺さんからのお便りによると この時代 ノースアイランドの海軍リワーク施設では 海軍機の改造(例えばF-4BからF−4N)や改修(装備品のアップグレード)などを請け負っていたそうです。
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