VMFP-3
Wings
VMFP-3は、RF-4Bを使用機として 1990年9月末に解散するまで使い続けたが 岩国に派遣されるDet毎に マーキングが異なっていたことが多く マーキングの変化でも楽しめた部隊でもある。また 厚木を離陸して 住宅地に墜落し死傷者が出たと言う痛ましい事故も起こし マニアを落胆させた。
 部隊名は、”Eyes of the core"を長く使っていたが 1987年に”ライノウズ”に変更した。 
VMCJ-1/2/3のレター”RM/CY/TN"が、”RF”1本化されすべてMCAS エルトロに VMFP-3として集められた。VMFP-3の当初の塗装は、専門誌や写真集でも数枚しかお目にかかったことが無いが、コクピット縁から尾翼にかけて フィルムパーフォレーションをデザインしたラインが入ったもので 尾翼は赤と言う派手なものであった。上の写真は、バイセンティニアル塗装のRF-4B(614)であるが、これもかなり派手な塗装である。塗りたて当初は機番(MODEX)が610で 下の写真のように胴体にも文字が入って さらに派手であった。USS MIDWAYには 分遣隊(DET)として派遣され空母に搭載される際の定数は 3機となっていた。
1975年から1977年にかけてVMFR-3のRF-4Bが施していた代表的マーキング。レーダーコーンは、ホワイトでトップだけがグロスブラックであった。ネービーブルーの尾翼に書かれた3本のラインが何を表現していたのだろう。VMFP-3の”3”かもしれない。
1978年後半頃から現れたロービジタイプのRF-4B、VMFP-3最初の頃のマーキングを基本的にベースにしているが、「RF」の文字は味気の無い文字体になった。但し 機種はレーダーコーンの先までグロスブラックのラインが伸びてしまりが出た。
Marking of 1975〜1977
Marking of 1978〜1979
VMFP-3は、VMCJ-1/2/3の機材などを引き継いで 1975年7月に創設された部隊である。MCASエルトロをホームベースに 本部飛行隊13機の他 4機編成の分遣隊(Det)を3個持っており 日本にもUSS ミッドウェイでの洋上偵察/その他戦術偵察任務の為 岩国に分遣隊が派遣され 厚木でもしばしば目にすることが出来た部隊である。アメリカ海軍がRF-8G以降 自前の偵察飛行隊を持たなくなったため 海兵隊のRF-4Bが空母に派遣されるようになり我々航空ファンは RF-4Bを目にする機会を得ることになったわけだ。今では偵察用のPODを使う為 専用の航空機は作らなくなったが、当時は空軍も海軍もRF-○○と言った偵察専用機を多用した。(2002/7/6 記)
Marking of 〜1975
VMFP-3に統合された1975年頃のマーキングとされているものであるが、写真ではVMCJ-3の文字が入っていたりして 正確なところは不明。但し 左図のように赤を基調とした極めて派手な出で立ちであった。写真が少ない為 非常に短い期間使用したマーキングと推測される。
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