VP-50
私が、写真を撮り始めた頃 厚木基地で初めて撮ったのが、VP-50のP-3Cだった。その頃はB型とC型の区別も出来ず 先輩から「レードームの下に 顎のように機器類が付いているのがC型!」と教えて頂いた覚えがある。NAVYのP-3の魅力は、なんと行っても派手なマーキングであったが、面積の広い尾翼をキャンバスに部隊マークにちなんだデザインを書き込んだP-3は、はるか遠くに機影が見えた時点で 今日は何が撮れるのかとワクワクした気持ちにさせてくれる存在であった。VP-50は、C型を比較的早く受領していた為 軍縮の影響で解散するのも先かと思っていたが、真っ先に消えていてしまった。厚木でいやになるほど T/Gを繰り返して たくさん撮ったような気になっていたが、実際にはあまり撮っておらず 結局嘉手納での写真に頼ることになったのは、未だに理由がわからない。皆さんも良く目にするので「イモだ」なんて見過ごしていると 後で後悔する事になるので 撮れる時にしっかり撮っておきませう!
Wings
Tail-Markig of VP-50
SG-1/158219
SG-3/158213
SG-3/158213
shark-mouth
SG-4/158214
SG-5/158215
SG-6/158216
SG-7/157329
SG-10/157330
SG-12/158930
この部隊の起源は、1950年に創設されたVP-892という部隊からスタートするようだ。1953年に現在のVP-50となり PBM-5マリナーが使用機であった。1967年にNASモフェットフィールドに移動してP-3Aを受領 P-3Cへの更新は1971年である。
 1987年にアップデートVに更新したものの 冷戦終結に伴う 飛行隊の削減で1992年6月に閉隊となった。最後の彼らの赴任地アラスカで終局を迎えている。
P-3C of "The Blue Dragons" is landing to NAF Astugi
Old-Insignia of VP-50
P-3C "The Blue Dragons" is landing to NAF Astugi R/W19
この飛行隊は、解散前の1991年3月21日 悲劇的な事故を起こしている。サンディエゴの南西60マイル沖合いで VP-50のP-3C同士が空中で衝突し2機とも海に墜落、両機の乗員27名全員が死亡すると言う事故である。おそらく P-3オライオンの事故としては、最大の犠牲者が出た事故であろう。この事故で失われたのは 上の写真のBu,No158930とBu,No,159325の2機、158930は、当時”SG-8"と言われている。
(〜1992)
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VP-50は、時によって個別の機体に特別のマーキングを付け加えたりしたが この”SG-4”も尾翼のドラゴンの口から赤い炎のような出ているようにペイントが付け加えられている。最初は、写真自身のゴミか汚れとも思ったが どのショットにもあったので間違いなくペイントデアル。
上の3枚は、全て同じ角度に見えるが その通りで 厚木のお墓のあった空き地から 400mmレンズでR/W19のタッチダウンを撮ったもの。ネガカラーであり 色は今一である。