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平成8年度(1996年)から新しい防衛計画となる中期防衛力整備計画では、新たにCH-47Jを12機購入するなどとなっていたが、既にその分も含めCH-47は50数機が発注確定していた為、山場は越えていると言われ、注目はUH-60を中心とした多用途ヘリの動向だった。但し陸自戦力は師団が旅団化されるなどの縮小化も進められており、予算はますます厳しい状況にあったと言える。そんな中でも新機種としてはロールアウトしたばかりのOH-1の発注計画やUH-1Jと並行でUH-60を装備して行くなど、ヘリコプターファンについても楽しみの有る将来計画が示されたのであった。本項ではその様な背景があった1997年から1998年頃のCH-47Jの様子をお届けしたい。(2026年6月 記)
Insignia of 1H2F
↑ 1998年の総火演演習の状況終了(演習の終わり)に海上を通過する陸自のヘリ群。最後に2機のチヌークが通過した。
CH-47J/52921
上写真の2機のCH-47Jは、第一ヘリ団で最初に出現した黒のスプレー噴きの第一ヘリコプター隊第一飛行隊のマークをカラー化したものである。同飛行隊は本項で既に紹介したとおり新しいマークに更新が進んでおり、恐らくこの年を最後に姿を消したと思われる。
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CH-47J/52929
CH-47J/52923
CH-47J/52915
CH-47J/52907
CH-47J/52905
CH-47J/52924
CH-47J/52918
↑ 最大重量9トンの155mm榴弾砲FH-70を軽々と運べるCH-47Jは、2.6トンの高機動なら3台でも全く問題ないが、迅速な前方展開をイメージした演出の為、2機のCH-47J共に高機動車をリフトさせている。高機動車も当時配備されて4年目の新装備と言えるものであった。
CH-47J/52934
↑ この年私が木更津で初めて見たのが、"AKAGI"の文字と天狗のマークを入れた第一ヘリコプター団第2ヘリコプター隊(黄1本線)の新マークであった。インディアン酋長のマークが、同じ第2ヘリコプター隊(黄2本線)の飛行隊に書かれているから、もう一方の飛行隊(分隊?)にもマークが採用されたようだった。後に第2ヘリコプター隊の中に第1飛行隊/第2飛行隊がある事が判り、この天狗マークは第1飛行隊のものと判明した。
Insignia of 1H1F
↑ 1998年10月に開催された木更津駐屯地創立記念日(以下 航空祭と訳す)の観閲式で一斉離陸する第一ヘリ団の各飛行隊。既に1997年同様KV-107の姿は無く、完全にこの輸送部隊はCH-47Jに入れ替わっている。一部の機体の後部ローター下に、白い羽を広げた梟が描かれていた。恐らく最後までマークが書かれていなかった第1ヘリコプター隊第2飛行隊のマークであろう。
↑1998年の東富士演習場で行われた総合火力演習で、第一ヘリコプター団は2機のCH-47Jを参加させ、日本版ハンビーと呼ばれた高機動車を運んで、その輸送力を示した。この時、機体に書かれていた色付きの新しいマークは、第一ヘリ団傘下の第ヘリコプター隊第一飛行隊の新マークであった。"KATORI"は恐らく千葉県の香取を指すものと思われる。
CH-47J/5225
↑ 毎年木更津航空祭ではCH-47Jによる体験搭乗が行われているが、年によって各飛行隊で持ち回りとなっていたようである。1997年はこの"AKAGI"の天狗を付けた第2ヘリコプター隊第1飛行隊が担当していた。AKAGIとはご存知群馬県の赤城さんの事で、日本の天狗伝説の有名な場所である。山神同志の戦いに敗れ、血で赤く染まった山⇒赤き山から赤城さんと呼ばれるが、この山に住む杉の坊という僧が天狗になったと言われる。第一ヘリコプター団は部隊のニックネームに”AKAGI""KATORI""KAZUSA""AZUMA"等 関東周辺の地名や山名を付けており、千葉の地元だけに固執していない。部隊が活動する範囲も広いからかもしれない。