CH-47J/52904
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↑ 11号機と同じく12号機も第一ヘリコプター隊第二飛行隊 吾妻の梟部隊のようである。マークの有無は不明。
CH-47J/52905
CH-47J/52911
↑ 飛行隊マークが入っていないCH-47J/11号機であるが、所属は1H2Fであり、本来は梟のマークが書かれるはずであるが、新マークへ更新中なのかもしれない。
↑ 松野主税氏が2006年木更津駐屯地で撮影されたCH-47J 2号機。第一ヘリコプター隊第二飛行隊の所属。機首にも白い二本線が書かれ、正面からでも所属が判るようにしてある。後部のローター下にはどうも”Owl Squadron Azuma”と言う文字が入った吾妻山と梟のシルエットがデザインされた新マークが書かれているようである。白い梟は廃止されたようだ。
CH-47J/52902
↑ 第6師団が縮小化され空中機動旅団となった事から相馬が原駐屯地も大型ヘリなどの運用が開始された。そこで2002年4月初めて相馬が原駐屯地の創立記念に行った際に撮影した第12飛行隊のCH-47JA/52962を見た。まだ部隊マークは無く、コクピット横に”XII”の部隊記号が入っているのみであったが、2機が確認された。此処の飛行場は午前中逆光であり、展示飛行の機体はリバーサルフィルムで撮ったが、ナンバーが読めなくて困った。私はこの年の暮れに海外勤務となり、それ以降駐屯地の創立記念日に行ける機会は少なくなった。
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CH-47J/52902
私は2002年暮れから社命で海外勤務となり某国に赴任することになった。其の為、それまでのように自衛隊の航空祭に行ける時間は極端に少なくなり、自身のヘリ写真撮影機会もこの期間は少ない。海外勤務期間は2003年から約20年に渡っており、CH-47についても写真のプールが少ない為、フニュ師匠や松野主税氏など学生時代からの友人が撮影された写真を多数時系列で展示させて頂き、それらの写真を基にCH-47Jのその後の動向を追っていく。
↑ 2006年の同日 木更津駐屯地で展示訓練があり、軽装甲機動車を軽々と吊上げるCH-47J/52907 "Kazusa Flight"である。軽装甲機動車の方が、弁慶の顔が書かれており、習志野の第一空挺団所属の車両である。
↑ 上の2枚の写真は何れもフニュ師匠が撮影した第1ヘリコプター隊第2飛行隊の新しい梟マーク(Owl Squadron Azuma)を付けたCH-47J。私は一度もお目に掛かったことの無いワッペン風のこのマーク・・・使用期間は長くなかったのではないだろうか?
CH-47J/52905
↑↓ 本項の写真の多くは2006年の木更津駐屯地航空祭で松野主税氏が撮影したものであるが、この時ラインナップしていたCH-47Jは何故か生産番号が初期のものが多く、こう言う事も珍しい・・・
CH-47JA/52962
CH-47J/52912
Wings
↑ 久々の一時帰国の際に横田基地航空祭に行ったら、第12飛行隊のCH-47JA/52960。が展示してあった。飛龍隊の愛称が付けられた飛行隊の様だ。
CH-47J/52932