↑ 同じく松野主税氏が2011年9月に習志野演習場で撮影された第104飛行隊のCH-47J/52909。何と吾妻山の梟マーク(旧1H2Fマーク)はまたまたデザインを変更して第三代目のマークになっている。
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↑ 2011年1月の習志野第一空挺団降下初めに参加した第一ヘリ団第105飛行隊のCH-47J/52903 松野主税氏撮影。2008年の第一ヘリ団の部隊改編のよって、従来の第1第2ヘリコプター隊は解体され、CH-47J/JAについては第103~106飛行隊に改称された。この機体のコクピット横表示も”ⅡH”から”HGPV”に変っている。木更津のヘリコプター部隊に於いて大きな改編で、この他UH-60JAの第102飛行隊、後に高遊原分遣隊が第109飛行隊(Yagiri)と改称されてV-22の飛行隊と共に連なることになる。
↑ 一時帰国休暇を利用して沖縄の那覇の航空祭に参加してみた。第15ヘリコプター隊第2飛行隊のCH-47JAの上空通過。尾翼のマークはヘリコプター隊のマークである。南西の島しょ部は飛距離が長いのでCH-47JAのように5時間連続で飛行できる機体が必要である。私が仕事で会社のヘリを利用して東京から八丈島へ出張するとき、会社のヘリは必ず大島で一度給油して向かったが、CH-47JAは恐らく無給油で八丈島へ行けると思う。しかもスピードも下手なビジネスヘリより早く、新幹線とほぼ同じ時速260Kmでぶっ飛んで行くのである。
↑ 一時帰国休暇を利用して横田基地の航空祭に行った際に展示されていた第12ヘリコプター隊第2飛行隊のCH-47JA/52960。米軍のVH-47Eに近い改造を施された最新鋭のCH-47 チヌークである。グラディ―ションで飾った「弐飛」のステッカーが貼ってある。
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第一ヘリ団 CH-47J/JA 部隊の改編(2008年)

第一ヘリコプター隊第1飛行隊(1H1F) Katori・・・・・第103飛行隊 (HGPⅢ)
第一ヘリコプター隊第2飛行隊(1H2F) Azuma・・・・・第104飛行隊 (HPGⅣ)
第二ヘリコプター隊第1飛行隊(2H1F) Akagi・・・・・・第105飛行隊 (HPGⅤ)
第二ヘリコプター隊第2飛行隊(2H2F) Kazusa・・・・・第106飛行隊 (HPGⅥ)

2010年前後になると第12旅団開設10年周年ともなり、開設の際第12ヘリコプター隊には1個飛行隊増強された。その第2飛行隊の中核となったのがCH-47J/JAで、多くの航空祭に展示されるようになった。第12ヘリコプター隊は北宇都宮で創設され、福島県の相馬が原駐屯地の整備完了に伴い、そこに本拠地を移した。旧第12師団の時はUH-1H/OH-6J/Dを擁する第12飛行隊だったが、当時の空中機動旅団化構想の中で、第12ヘリコプター隊と規模を拡大し、傘下に第1飛行隊(UH-60JA運用)と第2飛行隊(UH-47J/JA運用)を収める大きな部隊となったのである。この部隊は新たに第6旅団のマーク(鷲と刀)を機体に描くようになった。この頃は陸自各地の航空部隊もカラーマークで機体を飾る習慣が定着しており、今考えるとマーキング的には一番派手な時期かもしれない。(2026年6月 記)
12th Brigede, JGSDF
Wings
↑ 2014年9月横田基地航空祭に展示された第12ヘリコプター隊第2飛行隊のCH-47J/52913。「弐飛」マークの下には機体ごとに整備責任者の名前が書かれているのが判る。これは航空自衛隊と同様、パイロットは毎回乗る機体が異なるが、整備員は担当する機体を固定して責任と愛情を持たせるためである。機体は水密構造となっており、短時間であれば海面/湖面に浮かせて作業が出来る。