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陸上自衛隊木更津駐屯地が開設されたのは1968年(昭和37年)である。それまでは戦後米海軍と空軍の一部が使用しており、海自の補給処が陸自より先に設置されていたのだ。私が中学生時代父に連れられてここを訪れた時、基地内の売店(PX)にはアメリカ製の商品が並び、飲料の自動販売機の中身もアメリカ製の缶ジュースやコーラだった。その販売機の中には「クリームソーダ」と英語で書かれたものがあり、興味深々で購入して飲んで見たが、透明な液体は正にアイスクリームを溶かしたような良い味だったのを覚えている。PX内には1レーンだけのミニボーリングレーンがあり子供も楽しめた・・・そんな懐かしい思い出のある場所である。
↑ 赤城山の天狗第105飛行隊のCH-47J/52915。
Insignia of 104th Squadron
↑ 2015年10月某国からの一時休暇帰国時、地元で開催されていた木更津駐屯地航空祭に何年ぶりかで行ってみた。生憎の雨ではあったが、マーキングの変化やCH-47JAの増加など動向に触れるいい機会になった。赤城天狗の葉っぱは緑色のものしかなかったので、色が統一された様子だった。各機には赤外線ミサイル警戒装置や欺瞞に使うフレアー発射機など装備も充実して、頼もしい限りである。
↑ 第105飛行隊のCH-47J/52920。この機体も最初に34機導入されたJ型の1機であるが、20年木更津で活躍する古手の機体だ。オーバーホール後なのか迷彩が真新しかった。
↑ 梟の新マークを付けた第104飛行隊のCH-47J/52906。納入通算6号機にあたり川崎重工岐阜工場で初期のノックダウン方式で作られた機体であるから、この時点でそろそろ30年選手となる。吾妻山の梟マークはロービジである為、近づかないと何が書かれているかもわからないが、当ページの冒頭にイラストを入れてみたのでご覧いただければ幸いだ。”104Avn”はAviation=航空部隊を示すと思われる。
↑ それから今回の航空祭で気が付いたのが、上総フライトのマークが後部のエンジンカバーに移動していた事で、各飛行隊のマークの位置も統一されていた。↑CH-47J/52925は1993年に木更津でお目に掛かっているので、配備から少なくとも22年が経過しているはずだが、まだまだ元気そうである。
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↑ 2017年の木更津駐屯地祭で松野主税氏がハンガー内で撮影された第105飛行隊のCH-47J/52906。その後ろには真新しいCH-47JA/52982が並んでいる。JとJA型では胴体の燃料タンクの容量が倍近く異なり、航続距離が大幅に伸びている。また外見で一目で判るのが機首のレーダーの有無だ。これは気象レーダーであるが、合わせてGPS/FLIRも装備に加わっているので夜間/悪天候/砂塵の中でも飛行が可能となっているそうだ。尚↑の52906は、2015年まで第104飛行隊にいたが、105飛行隊に移動になった様である。
↑ 木更津駐屯のハンガーに駐機していた第12ヘリコプター隊第2飛行隊(相馬が原)のマークを付けたCH-47J/52926。機体の移動か、もしくは木更津駐屯地にはCH-47の整備拠点があったはずなので、簡易な整備点検などの為に飛来したのかもしれない。尚木更津は2016年にV-22/MV-22の整備拠点化される際にCH-47J/JAの整備拠点である事も報道されている。