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陸上自衛隊は、米陸軍の空中機動力の発展を間近に見ながら汎用ヘリや前線偵察に欠かせない小型の偵察連絡ヘリを整備し、多い時で総数500機を超える時代もあったのだ。特に安価で使い勝手や整備も楽なヒューズ社のOH-6「フライングエッグ」は、J/D型合わせて300機以上を運用してきた。この後継機種として川崎重工が国産で開発したのがOH-1であった。但しOH-6J/Dが当時の価格で1億少々だったのに比べ、OH-1は要求された性能から25億~30億と値段が跳ね上がった為、当初250機も導入するはずのこの新型機は冷戦終了と言う世界情勢で防衛予算が圧縮を受ける中、僅か38機(試作機含)の導入で発注中止となった。またOH-6がパイロット以外に乗員3名が乗れた為、偵察以外の人員輸送/軽輸送にも使えたのに比較して、OH-1の汎用性が無かったのが、発注機数減少に拍車をかけたと言える。ヘリの性能は極めて評価が高く、自動操縦や飛行姿勢保持/特殊なローターハブなど数々の要素が盛り込まれた斬新な設計で、国産機としてハワード・ヒューズ賞を授与されるなど大きな期待が持てるヘリだったが、プロジェクトとしては結局失敗と言わざるを得ない結果に終わっている。
↑ 2005年11月入間基地航空祭に展示されたOH-1/32607。こちらは陸自航空学校霞ヶ浦分校の所属である。2005年の予算までにOH-1は22機が発注されており、恐らく既に17~18機は防衛庁に納入されていたはずである。松野主税氏撮影
OH-1/32610
OH-1/32621
Wings
OH-1/32621
OH-1/32611
OH-1/32607
OH-1/32606
↑ 八戸基地の翌日に開催された三沢基地航空祭にも第2対戦車ヘリ隊から出展されたOH-1/32619。この時代、各対戦車ヘリ隊の定数は20機で内AH-1Sが16機、OH-1が4機で構成されていたはずだ。自衛隊が付けた愛称が「ニンジャ」だった為か、機首に「忍」の文字。
↑ 八戸基地の航空祭に展示された第2対戦車ヘリコプター隊のOH-1/32621。この時は同隊のAH-1Sと並んで展示されたが、AH-1Sと比べてもあまり引けを取らない大きさで驚いた。将来のAH化の構想もあって、キャパに余裕を持たせた作りにしていたのであろう。但し2001年から毎年の発注数は僅か2機というスローペースで進んでおり。OH-6の後継としての数を揃えられない可能性が高いと噂されていた。
↑ 北宇都宮の航空学校分校祭に出展された新鋭のOH-1。恐らく私が初めて目にした実機であったと記憶している。明野の航空学校本校所属で”S”の表示と陸自教育部門独特の白い文字での機番の記入がなされていた。
↑ 2007年に引き続き2008年もフニュ師匠たちと一緒に車で八戸/三沢航空祭へ向かった。私はこの時期に某国からの一時休暇帰国を計画して、このフニュフニュツアーに何とか同行できた。写真は八戸海上自衛隊基地の航空祭に展示された第2対戦車ヘリ隊のOH-1/32621。
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↑ 撮影場所が不明ながら、目達原の第3対戦車ヘリ隊所属のOH-1/32611であるから、九州か岩国基地あたりでの展示機と思われる。松野主税氏撮影
OH-1/32619
↑ 2002年4月相馬が原駐屯地 第6旅団創立1周年の式典に参加した明野航空学校飛行教導隊所属のOH-1/32610。通算10号機に当たる。展示飛行はしなかったが、観閲行進が終了後、格納庫から出されエプロンに展示されたが、初めて見る自衛官も多かったようで、人波が絶えなかった。