ZZ-461 (66-7461)
ZZ-688 (66-7688)
現在は朝鮮半島に駐留、水原空軍を拠点とするアジア唯一のA-10A部隊として有名である。1941年に創設された飛行隊で、太平洋戦争時は主に中国戦線/ビルマ戦線で活動した。その後もアジア方面での活動が主であり、朝鮮戦争時はF-80/F-86を装備して、中国空軍機など敵機を100機以上撃墜している歴戦の猛者である。1960年に一度解散しているが、5年後の1965年に復活し1968年から8年に渡りベトナム戦に投入された。つまり アジアにおける殆どの戦闘に参加している部隊なのだ。1977年1月にF-4Dを受領して 18th TFWの4つ目の戦術戦闘機中隊として運用がスタートした。

↑ このF-4D-29-MC(66-0269)は、当初西ドイツのラムシュタイン空軍基地50th TFWに配属され その後アメリカ本国ホロマン空軍基地 49th TFWに移動。1972年タイのウドン基地に移動後 432th TRW、555th TFS所属となり その時にMig-21を撃墜している。当時のテールレターは、”OY-269" 。1975年に沖縄の18th TFWに移動と記録されている。その後 フロリダ州ホームステッド空軍基地の31st TFWに配備され 現在は、ニューイングランド航空博物館に展示されている。

25th TFSの”アッサム・ドラゴン”と言う名称は、WWUの時代から使われていたようで 中国戦線での活動の中で中国のシンボルである”Dragon"からとったものだそうだ。彼らがベトナム戦に参加したのは、1968年からであり 前年に徹底的にアジアでの戦闘に備えた訓練を受け 最初の20機のF-4Dは、1968年5月28日エグリン空軍基地からSACのKC-135の給油を受けながら ハワイ、グァムのアンダーセンAFB経由でタイのウドン空軍基地に赴き 精鋭 第8戦術戦闘機航空団(8th TFW)の傘下に入った。。これにより ウドンの8TFWからは、555TFSが移動して去り 以下の4飛行隊の構成となった。(FAのテールレターに書き換える前は 尾翼に黄色いドラゴンを描いていたようだ。)

8th TFW’s UNITS    (JUN. 1968)
 25th TFS  ”Assam Dragons" FA
 433th TFS ”Satans Angels"  FG
 435th TFS ”Eagels Squadron" FO
 497th TFS ”Night Owls"    FP


25TFSは、この年の7月から10月までの間に 北ベトナム南部を中心に4ヶ月間に1000回以上の出撃を行い 主にSAMサイトやAAAなど対空陣地への攻撃を主任務とした。
Mig-21 1972/7/18
Mig-21 1972/7/29
1972/10/12
Mig-21
ZZ-459 (66-7459)

↑ F-4D-29-MC ZZ-459。18thTFWに来る前は、やはりタイのウドン空軍基地555th TFSにいた機体。1984年にカンサス州空軍に移管されている。

ZZ-486 (66-7486)

↑ この機体は、嘉手納を去った後、ホームステッド空軍基地の31st TFWに配属後、カルフォルニア、カンサス、ミシガンの3つの州空軍を渡り1990年位引退した。

ZZ-538 (66-7538) & ZZ808(66-8808)

↑ ZZ538は、ブロック30、ZZ808はブロック33でともに その後朝鮮半島の8th TFWに移管されている。

ZZ-625 (66-7625)
ZZ-658 (66-7658)
↑ 18TFWには、トリプル・シックスが2機いたが、67-7666もその1機 この機体後に 在韓米軍8th TFWに移管され1985年7月1日カンサス州空軍所属時代に事故で墜落している。
ZZ-666 (66-7666)

↑ ZZ-673は、1980年以降 予備役部隊の507thTFG(オクラホマ州ティンカー空軍基地)に配備され、後に韓国に売却された。

ZZ-673 (66-7673)
ZZ-683 (66-7683)
ZZ-693 (66-7693)
ZZ-721 (66-7721)

↑↓ 上(1978撮影)と下(1979撮影)の写真を比較するとテールナンバーが異なるが、同一の機体と思われる。F-4Dにはこの他に66-8721があったが、1970年5月に北ベトナムで地上の対空火器に撃墜されている。

ZZ-767 (65-0767)

↑ 下三桁は、767であるが、1965年会計予算のブロック28と古いF-4Dで、最後は、ミネソタ州空軍で余生を送り1990年に廃棄された。F-4Dには、よく似たシリアルで1966年会計予算の66-8767(ブロック32)があるが、ラオスで1968年3月に撃墜されている。

↑ 上写真は、ご覧の通り胴体下にAIM-7スパロー空対空ミサイルの実弾をつけて飛んだF-4D(ZZ-549)である。F-4戦闘機は元々AIM-7を胴体下に4発つけることが出来るように設計されていたが F-4Dは、電子戦での様々な装備を盛りだくさんに後付けした為 AIM-7の運用は2発が限度となってしまった。嘉手納のF-4DでAIM-7をつけて飛んでいるのを目撃することは、非常に稀であり この時も1回だけT/Gをしてくれたお陰で 急いで真下近くまで走って移動し このショットが得られた。
NEXT
click here
HOME

↑ F-4D-29-MC 66-0271、1972の年の7月にMig-21を2機撃墜している機体。嘉手納配備以降は、最後カンサス州の184th TFGに配属後 マッコーネル空軍基地のゲートガードとして展示されたそうである。

ZZ-271 (66-0271)

↑ 上写真 F-4D-29-MCは、当初マクディル空軍基地15th TFWに配属後、1969年には、三沢基地の475th TFW、そして朝鮮半島の在韓米軍に配備されて 1972年にタイのウドン基地555th TFSに移動している1972年ジョン・マデン大尉とWSOラリー・ペチットのペアがMig-21を撃墜。当時のテールレターは”OY-268"。1975年に18th TFWに移動し 最後はカンサス州空軍184th TFGで勤めを終え カンサス州の戦争博物館に展示されている。

ZZ-268 (66-0268)
F-4D of Mig-Killer (66-0269)
1972/12/22
Mig-21
ZZ-269 (66-0269)