f-22A/90-4139は、ブロック-30である。

”思い出”

ブロック35の最後から2番目の機体。この後には5機が生産されてF-22Aは、ラインを閉じた。90-4192以降は、ブロック-40だが4機しかいない。
3rd WG
グレー系のロービジ(低視認塗装)であっても最近マーキングに少しずつ芽生え(?)つつあるF-22の飛行隊。私も最初気がつかなかったが、尾翼のチップにラインらしきものが入っており、中に何と”6個のサイコロ”が書かれているのです。よ〜く見ないと本当に判りません。右の2枚のサムネールでご確認ください。→
2012年9月12日に嘉手納に10機の3rd WGのF-22Aが飛来しており、翌13日グアムに向かったようなのでラングレーのF-22Aの嘉手納遠征と並行して、この部隊のグアム遠征訓練が行われていた模様。そこからオーサンのショーへ飛来したものかと考える。
HOME
Wings
(90-4139)
ベクターノズルをぱっくり開けて展示されたF-22Aであるが、エンジン部分には機密があるので覗かれたくない・・そこで 特製のエンジンカバーを考案したわけだ。パンツを履けばお尻出してもだいじょ〜ぶ!。右の写真は90th FS司令官指定機の尾翼、機体のシリアルは尾翼の付け根に書かれている。
(2012)
(2012)
(2012)
(2012)

The Period of F-22 Page-4

2016年1月20日、この日久々に訪れた嘉手納基地での3日間の撮影行の最終日であった。この日は、18:15分の羽田行きであった為、15:00までは嘉手納基地周辺での撮影が可能と踏んで予定を消化していた。18日19日とキング牧師の誕生日の祝日の影響で空軍部隊の動きは無し、その代わり海兵隊機が其の穴を埋めてくれていた。
 午前中、ハリアーと”VW”のF-18C(VMFA-314)の着陸を撮り、昼飯を久々にレストランで取ろうと嘉手納CoCo一番屋カレー店で注文を終えた時だった。悪友から電話である、「今入った情報で横田にいたラプター8機が、既に離陸して嘉手納に向かっているので降りのポイントに向かった方がいいよ!」・・・ 有難い情報である。注文したばかりカレーは、カキフライカレー・・。注文品は漸く出てきたが、悪友曰く「何のんびりカレーなんか食ってるんだ?食べてる暇なんてないよ!」と追い立てるお言葉・・・カレー食っててラプター8機の降りを逃したと後で笑われる方が恥ずかしいと考え、そこそこに食い散らし慌てて店を出てR/W05の撮影ポイントに向かう。しかし待てど暮らせどF-22は現れない・・・なんと其の日、F-22が降りたのは横田基地であり、その数日後に嘉手納に向かう予定だったそうで情報が乱れていたのだ。翌21日には、追加で4機が飛来、さらに2機が追加され、アグレッサーのF-16も12機来ると言う。もうすぐ仕事で某国帰還の予定の私にとっては痛い状況展開となったが仕方がない。あ〜ぁ、カレーライスもっと味わって食べたかった・・・
 

2016年1月20日に飛来した8機は、2陣に分かれて降りたと言われ、AK-195(525FS)、AK-108,AK-092,AK-112、AK-117、AK-115、AK-113(3OG)AK-114の8機、翌21日がAK-119、AK-129,AK-126,AK-122の4機だそうだ。トラビスの2機のKC-10Aが給油を担当したようで、横田基地に同時に飛来している。横田にこれだけのF-22Aが大挙して飛来したのは初めてではないだろうか。ニュース報道では、台湾総選挙と北朝鮮核実験の地域安定の為ではないかとの事だった。    (2016年1月21日記)
2012年の時点で 3rd WingのF-22Aは、極東アジアの安全保障の上で最もインパクトのある存在である。何せお隣の某国が ロシアの山塞(某国で”パクリ”の意味)Su-27や輸入物のSu30、見栄えだけは良い国産J-10など4世代戦闘機も数を増やし自信をつけてきた中 これ見よがしに沖縄にやってくるF-22Aは、どうしても技術的に大きな差のある5世代戦闘機として一目置かねばいけないからである。アラスカという辺鄙な場所にいても 東アジア有事には真っ先に出動してくるであろうこの部隊が 極東の要石である嘉手納に展開し 遠征訓練を重ねるのは、ごく自然なことである。
 どういうわけか横田、三沢などの航空祭に一度も顔を見せないダイスマン達・・・ダイスマンだけでなくブル公も来ていない。2012年オーサン基地で初めて彼らと出会い事ができた。
(90-4190)