The Period of F-4D

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クンサン(群山)空軍基地は、1938年に当時の日本軍により建設された基地という、WWⅡ後 在韓米軍が占拠して使用し始めたもの。朝鮮半島の西海岸中央部と言う戦略的にも恵まれた位置である為、米空軍にとっても欠かせない拠点である。第8戦術戦闘航空団(8th TFW)が、クンサンに移動したのは1974年9月16日で それまでは3TFWがここを拠点としていた。クンサンでの8th TFWは、80th TFSと35th TFSの2個飛行隊でスタートしたが、在韓米軍の削減の見返りとして1978年に497TFSが追加され3個飛行隊を擁するまでになった。この497th TFSは、元々 ベトナム戦当時は8th TFWの傘下に在り 433rd TFW/555th TFWと共に”FG""FP""FY"などFで始まるレターをつけて活躍した飛行隊である。 
1978年の横田基地OHに展示されたF-4D。まだテールレターは白く、機体に描かれた注意書も白いなど、ロービジ化前の基本マーキングで登場した。所属は、35th TFS、チップは、ブルーである。
497TFSに補充として配属されたF-4D、66-7554/66-7591/66-7518の3機 554と591はテールレターがステンシル文字となっている。この2機は、ネリスの474th TFWより移動してきたもので、497th TFSのF-4Dは多くが474th TFW 429th TFSからの補充を受けたもの。チップは赤色であった。 
Old-Insignia of 80TFS
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1978年7月の横田基地OHに展示されたF-4D。初めて背中に LORAN Dアンテナをつけた機体の展示だった。横田ではこの年に続き1979年/1980年と4年連続で8th TFWのF-4Dが展示された。
嘉手納を訪れた80th TFS/35th TFSのF-4D。1979年の終わり頃からクロスカントリーが活発となって、横田基地にもWPのF-4Dが再び飛来し始めたが、77年78年は年に数える程しか飛来せず、横田基地ではWPのF-4Dは貴重な存在だった。テールレターは81年頃から黒色になったようだ。
1979年の横田基地にOHに展示されたF-4D。久々の黄色いフィンチップの80th TFSだったが、今までと異なるのはインテークに書かれた噂の”ウルフ・ヘッド”。ダークグリーンのボディに黒で書かれているので見にくいが、よく見ると目が赤い狼である。
Old-Pacth of 8TFW
恐らく日本国内で8th TFWのF-4Dが最後に展示されたのが、(上の写真)1980年の三沢基地のOHだったろう。この機体フィンチップが”赤”である。つまり497th TFSの所属を示しており、497th TFSとしてF-4Dの展示は、元々定数が12機と少なかったせいか、これが最初で最後となった。1980年の8th TFWのF-4D展示機は、横田/三沢ともにテールレターを黒に変更した機体であった。467th TFSはその後51st CWに配転されF-4E(OS、ブルー)を受領している。
Wulf's head on the Inteke

↓ 下写真は、何れも1979年に嘉手納経由クンサンで新しい機体が移動した様子を捉えたもの。