↑ 上写真は、ウェスト・バージニア州空軍のC-130B(57-0525)で 第167戦術輸送中隊所属。1980年撮影この飛行隊は、1961年創設でずっと輸送任務を担当し、C-130Bを1977年から1989年まで使ったそうである。2006年からC-5Aギャラクシーに機種交換し、2015年にC-17Aに更新している。機体は、最終的にエクアドル空軍に売却されている。
↑ オクラホマ州空軍 第185戦術輸送中隊(185th TAS)のC-130H。1980年撮影時 最新のH型であり部隊配備数は多くはなく、この飛行隊も1979年に受領したばかりであった。このC-130H(78-0809)は長く185th TASで使われ、グレー塗装になってからは、尾翼にインディアンの絵柄を入れていた。後に機体は、ペンシルバニアの予備役輸送部隊911thAWに移管された後引退している。なお 185th TASは、その後給油飛行隊になり、2015年からは、双発プロペラ機のMC-12W ヒューロンを使って特殊任務を担当している。
↑ ミズーリ州空軍 第180戦術輸送中隊所属(180th TAS)のC-130A(57-0470)。180th TASは、B-52の基地として有名なバークスディールで1942年に創設され、B-26マローダー爆撃機を擁していた爆撃隊で北アフリカ戦線で活躍した飛行隊である。戦後、爆撃機部隊から戦闘機、給油機部隊を経て1976年にC-130Aを受領して輸送任務に変わっており、1987年までこの古いA型を使用していた。ポニーエクスプレスと言う愛称をもった部隊で1987年にC-130H2に機種交換している。このA型はさすがに古い機体だったため、転用されずそのまま廃棄処分になったそうである。
↑ この機体もC-130Aである。テネシー州空軍の第155戦術輸送中隊所属。C-130A(57-0463)この飛行隊も第2次大戦真っ盛りの1943年に創設した部隊で,P-47サンダーボルト戦闘機でデビューしている。イギリスに基地を置きノルマンディ上陸作戦から、欧州に爆撃に向かうB-17部隊の作戦支援(護衛)を担当していた。大戦後1946年に州軍に移管され戦闘機部隊、偵察部隊を経て輸送部隊に転換している。1974年から1992年までC-130ハーキュリーズを使い、2004年C-5Aギャラクシーに更新、2012年よりC-17Aに機種交換を行った。B-17Fのノーズアートで有名な「メンフィス・ベル」が部隊インシグニアで、C-5、C-17にも同じノーズアートを書き込んだ機体が日本に飛来している。部隊の本拠地もやはりメンフィスANGBである。
さて 1979年に至る日本国内で撮影したC-130Eを並べてきたが、1980年3月にアメリカ本国にて撮影ツアーで得られたC-130ハーキュリーズの写真もUPしていきましょう。MAC及びANGのC-130は、マーキングなども地味ながら興味深いものがある。まずは、↓ のC-130E(70-1265)MACの黄色のラインを消した跡が残り、ロービジ化を進めている様子である。機体は、317TAW所属と思われる。317th TAWは、この当時ノースカロライナのホープ空軍基地を本拠地としており この機体(70-1265)も長らくこの部隊に所属してこの地で引退している。
↑ 前ページでもご紹介したC-130E(72-1299)も1979年嘉手納で見た時は、すっかりロービジ仕様となっていた。
↑ 1980年2月 ルーク空軍基地に降り立つC-130E(62-1801)、上と同じカルフォルニア州空軍115thTAS所属であるが、B型ではなくE型である。公式記録では1981年からE型受領とあるが、1980年初頭にはすでに配備が始まっていた模様。
もう1機は、C-130B(61-2639)、いずれも海軍・海兵隊の予備役戦闘機部隊が集まって訓練を行っていたMCASユマで、訓練支援などで飛来していた機体である。州空軍所属機は、尾翼に”ANG”のラインとANGの白い徽章を付けた統一されたマーキングで、他のANG飛行隊もほぼ同様のマーキングで統一されていた。
C-130B(61-2639)は、カルフォルニア州空軍所属 第146戦術輸送航空団(146th TAW)第115輸送中隊所属(115th TAS)で 1980年当時は、B型を使用しており 1981年からC-130E型に更新されたそうである。本拠地はバンナイ飛行場で1990年からチャンネルアイランドANGSに移動している。2002年からC-130Jに更新され絵いる。