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C-130ハーキュリーズを造ったロッキード社が手掛けたジェット大型輸送機だけに、空軍要求に対する機体設計も無難に仕上げられ、選定されてから約3年で実機が初飛行している。27トンの貨物が搭載できる事が空軍要求スペックの一つだったが、27トンと言えばC-2のペイロードより小さい。しかし、1961年当時のこの空軍要求は、かなりのハイスペックだったはずである。丁度アメリカがベトナム戦にのめり込む頃で、アジア方面への長距離輸送の要求もあったはずであるから、荷物を満載して最大2500kmを飛べる輸送機として期待され、大量生産されたのも頷ける。最初に部隊配備を受けたのは、ティンカー空軍基地を本拠地とする第1741輸送中隊(後に第57軍事輸送中隊に改名)と言う訓練部隊だそうで、1964年10月19日に1号機(63-8078)が配備されている。同じ頃、基幹輸送部隊の第443輸送航空団にも配備が始まった。
1965年には、実験航空団でC-141Aの初めての長距離飛行が実施され、エドワーズ空軍基地からハワイのワイキキ迄の5200マイルのノンストップ飛行に成功している。(2022/11月 記)
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↑ 松野氏が嘉手納基地で撮影のC-141/65-0227
↑ C-141Aの尾翼には、機体を運用する二つの部隊(輸送航空団)のインシグニアが書かれていた。この60th MAWに所属するC-141A/65-0238には、60th
MAW と349th MAWの2つが書かれてある。349th MAWの方は予備役部隊であったが、二つの航空団がどのように機体を運用していたかは、全く分からない。恐らく現在のアソシエート運用に近い使い方を当時から進めていたはずである。
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← 横田基地によく飛来した62d MAWのC-141Aの尾翼にも、60th MAWと同じく機体を運用する二つの部隊(輸送航空団)のインシグニアが書かれていた。この62th
MAWに所属するC-141A/65-0244には、62th MAW と446th MAWの2つが書かれてある。446th MAWの方は予備役部隊。現在も緑の帯に”McChord”の文字を入れたC-17Aを運用している部隊である。
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↑ 1965年会計年度で発注されたC-141Aは84機にも及ぶ大量発注で、このC-141Aもその1機である。
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↑ 1980年2月ユタ州のヒル空軍基地に着陸するC-14A/65-0246
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↑ 松野氏が嘉手納基地で撮影されたC-141A/65-0250
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↑ 松野氏が嘉手納基地で撮影されたC-141/ 65-0230