F-105's Page
Wings
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F-5のページでも記述したが、ソルトレークシティからルート15を南南西に降りてラスベガスに入る途中にネリス空軍基地がある。但し、ネリス空軍基地に隣接する道路はルート15とほぼ並行に南に走る604号線である。その時、何故604号を使ったかは記憶にないが、我々とネリスの出会いは、この道から見えたネリス空軍基地のランウェイがきっかけであった。
149th TFS VirginiaANG
F-105を撮影してよく失敗したのは、燃料タンクのフィン(羽)が尾翼のテールレターに被って機体ナンバーが読めない写真が多いことだった。少し送り気味でシャッターを押さないとその様に成ってしまうがタイミングが難しかった。また、この149th FTSだけは機体の左側面が撮れないと価値が半減してしまう。左翼付け根の下にパーソナルマーキングが書かれているためである。上右から2番目の59-1822に書かれているのが、添付したイラストの”SUPERHOG"である。パーソナル・マーキングの殆どは、192th TFGのクルーチーフだったバイリー(Bailey)軍曹の手によるもの。
465th TFS  Tinker AFB、 AFRES
オクラホマ州ティンカー空軍基地と言えはE-3の本拠地として有名であるが、ここにもF-105Dが予備役戦闘機部隊として存在していた。465th TFSは、1972年から1980年までの間約8年もF-105Dを使っていたのだ。しかしF-105の部隊の中では、ニュージャジー州空軍の108th TFS(F-105B)とともにあまり注目されず、地味な存在であったように思える。しかし465th TFSは沖縄戦に参加した部隊で、1946年には読谷にも駐留していたので日本とも縁のある飛行隊なのだ。1946年当時はP-47やブラック・ウィドー等を使用していたそうである。
F-105D & F-105F Landing to Neliss AFB
F-105D of 149TFS in Nellis AFB
F-105D / 61-0167
F-105D / 59-1371
F-105D / 59-1822
F-105D / 59-1771
上写真の情景を見て、航空機マニアなら”此処なら絶対に撮れる”との確信が持てるはずだ。現在は立入規制が厳しくなって、写真左手の敷地への立ち入りはできないそうであるが、1980年当時は南寄りの風が吹けば素晴らしい条件で撮影が可能であった。丁度レッドフラッグに参加している別のF-105Dの部隊が居たので、ヒル空軍基地で余り撮れずい多少不完全燃焼であったサンダーチーフへの思いを払拭して、しっかりとファインダーに収める事が出来た。
F-105D (59-1822)の
Personal Marking
この飛行隊は2014年現在、給油機の部隊となって465th ARSと部隊名を変えている。
文献によると当時149th TFSは23機のF-105D/Fを所有し、操縦技術に優れた23人のパイロットにそれぞれ固有の機体を宛がっていたそうだ。偶々部隊内に絵心の有る人がいて(元々本職がペンキ屋だった)其々の機体にパーソナルマーキングを描き、愛車精神ならぬ愛機精神の高揚に努めたらしい。これは正に航空マニアにとっても格好のターゲットとなり多くのマニアが憧れ、バージニア州空軍( Virginia ANG)のF-105は取材も多く受け、書籍でも良くとり上げられた。
F-105D / 59-1739
F-105D / 62-4344
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