F-105's Page
1976年から本格的に撮影を始めた私にとってF-105は、雑誌のグラビアでのみ目にする過去の軍用機だった。幼い頃、父に連れられてよく入間ジョンソン基地のオープンハウスに行ったので見たことはあるはずだが記憶にはない。先輩諸氏がF-4ほど大きいと言っていたが、写真で見ると細身でF-4より小柄に見える。確かに前脚は長く、背の高い米兵が立ったまま機首の下を歩けるぐらいだったので見上げるようなBODYだろうが、実際に目にしていないと想像し難いものである。
 ユタ州のヒル空軍基地(Hill AFB)で初めて彼らを目にした時は、目的がF-16だった為、F-105を拝めるとも思っていなかったので我が目を疑った。フリーウェイ80を運転しながら、ふと雪の掛かったワサッチ山脈に目をやった時、そこに何やら盛んに飛び回っているシルエットを発見、まさしくF-105であった。Hill AFBの撮影許可を取っていた私と友人の目的は、配備されたばかりのF-16Aで同一ベース内にリザーブ・ユニットの301th TFW/466th TFSがいる事など知らなかったのだ。466th TFSは、TAC-UNITとはエプロンが異なっていたのと、AFRESには撮影許可を取っていなかった為、基地内では撮影できなかったが、柵の外から撮影を試みた。Hill AFBには過去に写真家の徳永氏と瀬尾氏が訪れていたものの、こんな辺境地のランウェーの両端で(ランチェンがあった)柵の外から撮影したのは、我々が最初だろうと友人と苦笑いをした記憶がある。しかし 1980年3月我々は、この後もっと辺境のマウンテンホームAFBに向かったのである。
508th TFG/466th TFS
F-105B / 57-5803
F-105B / 57-5816
F-105B / 57-5817
 Hill AFBは、ワサッチ山脈の近くに位置する為 冬場は特に天候が不順で雪も多い。2002年冬季オリンピックの開催地になったぐらいであるから 想像が出来ると思う。ここにTAC(現ACC)を代表する航空団の一つ388th TFW(現FW)があり 傍らReseve Unitの466th TFSが同居している。F-105は、何と最後のB型であった。まだレターも白いものが多く 黒に塗り替えられたものが若干見受けられる程度であった。
  466th TFSはその後D型に機種転換して、F-16C/Dに更新している。
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F-105B / 57-5833
F-105B / 57-5819
F-105B / 57-5837
Hill AFB のRunwey-End(北端)、この険しい崖を登らないと撮影不能である。登ってもランディング・ライトの段差が示す通り かなり降りは高い。州警察の巡回も時々あり 相当勇気のいる撮影ポイントだ。
さて、基地内の撮影を一度終了してホテルに戻った後、まだ暗くなる迄は時間があったのでランウェイの反対側(南側)がどうなっているのか知りたくなった。友人はすっかり疲れ切っていて休みたいと言うので、私一人でメインゲートに近いランウェイのもう一方の端に行ってみた。193号線と呼ばれる道をゲートを過ぎてさらに東へ進めば、何と道路の脇に車を止めれば撮影のできる非常に視界の良い場所であった。466th TFSの列線は相変わらず活動的で、再び数機のF-105Bがエンジンをかけて飛び立っていく様子が見えた。良く見るとエプロンに並んでいるF-105Bの”HI”のレターが黒文字になっている機体もいて、予備役にも既にロービジの波が押し寄せて来ていることが判った。
457TFS
エプロンの右上(東側)に見えるのは、ちょっとガスがかかってしまったがワサッチ山脈のオグデン山とデ・モイジー・ピークで画面左手側(西側)がグレート・ソルトレークの方角となる。1980年にF-105Bを使っていたのはこの部隊の他にニュージャジー州空軍108th TFWがあったが、翌年1982年にはF-4Dに更新された。F-105はA型がプロトタイプだけなのでB型が最初の量産実戦配備タイプであるが、空対空の捜索レーダーを持たないのでスパロー等のレーダー誘導ミサイルが使えないかったのだ。よって70機余りで生産を終え、レーダーを積んだF-105のD型に移行している。
 当時ヒル空軍基地ではカナダ空軍 アメリカ海軍も加わった大規模な演習が行われており、457th TFSのF-105Dも参加していた ワサッチ山脈を背景にしF-105Dの列線は、美しくシャッターを夢中で押した。下段はランウェイエンドで最初に舞い降りた獲物だった為、撮影位置がわからず完全に逆光の証拠写真になってしまった3機。AFRES/457th TFSのF-105Dは、テキサス州のカッズウェル空軍基地をホームベースとしていた。 
第457戦闘機中隊(457th TFS)は、太平洋戦争末期の西太平洋地域において日本本土爆撃に向かうB-29爆撃機のエスコートを行う任務を負っていた。当然 飛行距離の長い当時の新鋭機P-51ムスタングが彼らの最初の配備機である。硫黄島を本拠地にして日本本土の基地攻撃も行っているので,日本人にとっては憎っくき相手だったわけだ。
 空軍という組織に改編された後は、F-84、F-100と使用機を換えて1972年から1982年までの間,テキサス州での唯一のリザーブ飛行隊としてF-105Dを使用した。1981年からF-4Dを装備して1991年まで使い、現在はF-16Cを経てF-35Aを使用している。
F-105D / 61-0074
F-105D / 60-0464
F-105D / 60-0517
F-105D / 61-0076