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タンとカーキ色の2色迷彩がリザード(トカゲ)で、これにグリーンが加わって3色としたのが、蛇(スネーク)と呼ばれ、アグレッサーの代表的な初期迷彩の5種類に数えられた。73-00882、74-01568、74-01565、74-01566,74-01567などがこの迷彩だった。これらの迷彩は、2年から3年後にはほとんど姿を消し ロシアやワルシャワ条約機構軍の戦闘機、攻撃機の多彩な迷彩に合わせ 種類を増やしていくことtになる。

Nellis AFB Main Gate in 1980
(74-01512)
あれ?地図上”Nellis AFB”となっているが、一般道とこんなに近い位置にあるの? 良く見ると駐機上にイギリス海軍のバッカニアが置いてあるではないか。それ迄、雑誌でもネリスが”外撮り”できるなんて書いてなかったし、厚木/横田の海外経験の豊富な先輩方も「ネリスは砂漠の中で 近寄れないらしいよ」と言っていたので撮影計画にも入れてなかった。でも 、これなら充分”外撮り”できそうじゃない!今夜はこの辺に1泊しよう。・・と言う訳で正門から少し離れた所に宿(古い白く塗られたモーテルだった)を取った。そのモーテルのおばちゃん、我々が日本から来たと知るや、ニヤニヤしながら「あんた方日本人かね、ラスベガスはネ、え〜所やで。ストリップ見るならここや。カジノはなぁ〜・・・・」 おい!日本人をなめとんのか・・と思いつつも親切にラスベガスを紹介する初老の白人ばぁちゃんの説明を一通り聞いた。荷物を部屋に置き、さて明日の偵察だ!車で一通り基地のポイントを見て回り、「これは撮れる!」っと確信した我々は明日を期待して意気揚揚と引き上げた。
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F-15A and F-5E came back to the Nellis AFB (Ranway - 03)
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F-5E's   Page
1980年3月マウンテン・ホーム空軍基地の訪問を終えた我々は、次の目的地であったオレゴン州空軍のベース、ポートランドを目指すことになっていた。さてルートを北回りにするか、ネバダまで南下していくか考えた末、暖かいネバダルートを通ることにした。ポートランドでは、初めて見る州空軍のRF-101が待っていた。

 アイダホ州からネバダに入ると、赤い大地の砂漠が続く 延々とアクセルを踏み続ける。たまに出会う対向車に 手を振りたくなるほど孤独なドライブである。地図上ラスヴェガスがもう直ぐのところである。「あった。あの砂漠に霞むビル群が、ラスベガスに違いない!」 ここを通過したら 今度は北上だ。・・と 道路は、大きな基地のランウェイの横に差し掛かった。
F-5Eは、世界30カ国以上で使われた国際戦闘機F-5Aの後継機として開発されたことは衆知のことであるが、A型に比べずいぶんスマートになり 一見一廻り大きく感じたが、機体部品の75%は、共通でありA型を採用した各国にとっては運用経費の面でも楽であった。米空軍では、F-5Eを諸外国の教官養成の為 アリゾナ州ウィリアムズ空軍基地にF-5E/Fを配備し訓練を行っていた。しかし 米空軍にとって本機はアグレッサ−訓練などあくまで訓練のツールでしかなく 第一線の戦闘機部隊に配備されることはANGも含め1度もなかった。しかし、主役を演じることが無くとも名脇役として、”オスカー”を受賞できるぐらい活躍した機体であることは断言したい。
リザード(トカゲ)迷彩と呼ばれた塗装で,嘉手納の26th ASには、同じリザード迷彩の機首番”61””62”の2機が配備されていた、生産番号が近いものは数機ずつ同一迷彩で仕上げたようだった。ネリスではゴースト・スキームに次いで多かった。
思い起こせば スライド・フィルムなどと言う物を使い始めたのは、初めてアメリカへの撮影遠征をした時からである。それまで 節約の為 白黒フィルムさえ 100ftの長巻フィルムを買って自分でパトローネにつめていた。(今でも 白黒Filmはそうしている。)アメリカ遠征でも主力は、白黒フィルムだったが、ネリスのように思わず多数の機体を撮影できた時は、夜慌てて付近のスーパーの"K-Mart"までKR-64を買いに行って不足分を補充した。そんな事からスライドフィルム(リバーサルフィルム)の世界に漸く足を踏み入れたのだ。しかし、57th FWWのF-5Eも様々な迷彩パターンがあったにも関わらず、カラーで撮っているのは僅かであった。今は多少の余裕が持てるようになったのと、時間が逆に無くなった為、使用フィルムの95%はリバーサルになったが、当時の貧乏学生にとってKR-64は贅沢中の贅沢品だったのだ。
翌日、朝から爆音に叩き起こされる。凄い数だ、聞こえただけでも50機以上上がったのではないか。興奮でアドレナリンが身体から大量に出でいること感じながらポイントに急ぐ。「うそ〜 風が逆じゃん!」(R/W03)と言うと昨日確認したポイントでは撮れない。だが既に離陸した第1陣が帰ってきた。我々は急いで滑走路の反対側へ移動。最初に見たのはF-5Eである。そのランディングの凄いこと「あぁ〜 あんな降り方じゃ翼をランウェイに擦る!」。何とブレークして着地ギリギリまで機体を45度ぐらい傾けて、着地寸前で立て直しである。最初はヒヤッとしたが、どの機体も技を競うようにその様なランディングを繰り返している。次第に驚きがパイロットに対する敬服に変わった。さすが 米空軍の選りすぐりのメンバーたちである。彼ら57th FWWのパイロットは"Red Flag"演習でソ連のMig-21を演じ、各飛行隊の練成に一役買っている”つわもの”達なのだ。
 Nellis AFBでは、Red Flagの真っ最中で、我々は1泊の予定を4泊に変更、ポートランドの州空軍PAOに基地見学のキャンセルを入れる事になった。だがこの判断は正しく、この後の4日間は嘉手納基地を凌ぐ忙しい撮影の日々が続いた。(2002/9/9 記)
(74-01566)