Page-2
KC-10Aは、その後も順調に生産が進められ、発注数も最終的には60機となった。当初は、バークスディールのSAC部隊に優先的に配備され、マーチ、スイモアジョンソンと配備が進んだ。KC-10Aの優れた点は、先ず積載される空中給油用の燃料が、前述したように多量であること。翼を挟んで前後2か所に連結三連タンクを持っている。次に給油するオペレーターが、座ったまま作業ができる点で、KC-135の様に寝そべった状態から解放された点、それとローリング方式のブームシステムで、従来KC-135ではブームは縦方向と長さ調整しかできなかったが、KC-10Aではそれに加え、横方向の動きも加わったのでオペレーターは、操作が楽になると共に、受給される側も機体位置を微妙に調整する手間が少し軽減されるわけだ。特にC-5AやC-141B等の大型機が空中給油を受ける際、左右の機体位置調整1~2mでも大変なはずだからである。特に戦時体制における空中給油は、正に時間との勝負であり、こうした運用の効率化は非常に重要と言える。
↑ 1991年横田基地で松野氏が撮影された68th ARW/344th ARSのKC-10A 56-0034。この飛行隊はスイモア・ジョンソン基地を拠点に活動する戦略傘下の第66空中給油航空団の下に居たが、1992年4月から空軍組織の大改革でACCに組み入れられ、第4航空団(4th WG)の空中給油部門として位置付けられることになる。この結果、後日尾翼に"SJ"のテールレターが入ったKC-10Aが現れた。
↑ スイモアジョンソン基地4th WG所属を示す”SJ”の文字と黒からグレー色に塗り替えられたライトフライヤー機。尾翼にACCのインシグニアが入り、1992年にKC-10AがSACからACC(航空戦闘軍団)に移管された後の写真だと判る。松野氏は尾翼をしっかり撮影しておられたが、私はライトフライアーには気が付きもしなかった。1994年4月 KC-10A 86-0031 4th WG/344th ARS
1994年厚木基地に展示され4th WG/344th ARSのKC-10A。機首右側面に4th WG、左側面に344th ARSのインシグニアが其々貼付されていた。
HOME
NEXT
click here
↑ オランダの友人オルス氏(Mr, P.V.Oers)が1993年7月アイントホーフェンで撮影したKC-10A 86-0037。SJのテールレターを付けた時期はそう長くなく、恐らく4th WGがSACから移管うけた1992年から、この部隊が航空機動軍団(AMC)に移管された1994年までの僅か2年の間である。344th ARSは、1994年4月からマッコーネル空軍基地に移動し、AMCの傘下に入った。
↑ 1994年の厚木基地航空祭"Wing-94"に展示されたKC-10A 86-0031
Wings
↑ 1991年横田基地で松野氏が撮影されたスイモアジョンソン基地の68th ARWのKC-10A 86-0034。尾翼に飛行機として初めて空を飛んだライト兄弟のライトフライヤーが黒で描かれている。左側機首にノーズアート入り。翌1992年に機体は、SAC(戦略空軍)68th ARWからACC(航空戦闘団)の第4航空団(4th WG)に移管される。