VA-115
(1991)
(1991)
NEXT
click here
HOME
↑ 1992年4月12日に開催されたWing-92にて展示飛行するVA-115のA-6E(NF-515/516)。
↑ 母艦が空母ミッドウェイから空母インディペンデンスに代わり、A-6Eの機体にも新しい母艦名が書き込まれている。
↑ NF-501と同様コックピット後方に湾岸戦争での出撃回数と思われる24個のレーザー誘導爆弾のマークが入っている。
↑ イラク軍のクウェート侵攻から始まった湾岸戦争に参加し、帰還した機体は出撃マークを付けて展示された。NF-501は、レーザー誘導爆弾とロックアイ クラスター爆弾を懸架した形で展示。艦名”USS MIDWAY"が書かれた厚木の航空祭は、1991年が最後となった。
↑ 1990年5月20日に開催された厚木基地航空祭でのVA-115の駐機エリア。展示機は、NF-506/Bu.No.161100が出展されている。格納庫内にあったNF-515/516以外は、ほぼグレーの濃淡を使ったロービジ塗装で統一されている。
Page-3
元は朝鮮戦争での米空母攻撃部隊の苦戦の教訓から開発されたA-6イントルーダー攻撃機。機能重視で設計された機体は、「沢山の爆弾をあらゆる気象条件下でも敵地に叩きこめる」と言う1つの目的だけの為に作られ 当時流行だった流線型で後退翼を持つ見栄えの良い飛行機とは違う。。しかもこの無骨な機体は亜音速しか出ない鈍重性があっても、1つの目的に徹した攻撃機として1990年代まで生き残る事が出来たのである。コミュニケーションが抜群なタンデムのボディに旅客機DC-9や空自のC-1輸送機が使っていたものと同系列の強力なエンジンを2機積んで、B-29爆撃機に匹敵する18000ポンドもの爆弾運ぶ事が出来た。オタマジャクシの様なでっかい機首には大型の航法レーダーを積み、A-6は空母から夕方出撃して、闇の中で確実に目標に爆弾を叩き込んできたのである。もちろんVA-115が活躍した湾岸戦争でも、夜間が彼らのメインステージで活躍した。
Wings
↑ 飛行展示終了後、タキシーウェイ上で翼の展開・収納を披露するA-6E/NF-516/Bu.No.162212
↑ 1990年代まで尾翼にカラーペイントを使ったマーキングが残っていた。給油型のKA-6D/NF-516もその1機。KA-6D/NF-516/Bu.No.155638
↑ 1990年代のVA-115のロービジマーキング。バンブー文字も復活した。VA-115は全機TRAMを機首に付けて、夜間での火器管制が格段に良くなっている。A-6E TRAM NF-507/BU.No.158791
↑ 1992年3月 新来のF-14Aトムキャットと共に厚木で飛行訓練をするVA-115のA-6E。