VC-5
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1976年 厚木基地に通い始めて初めて撮ったVC-5の機体がこの”UE-14"。鼻黒のTA-4Jである。この日は、この他にUE-05/UE-01がR/W01で離陸していった。胴体に”VC-5 DET CUBI"の文字、この頃はフィリピンのキュービー・ポイント海軍基地が彼らの本拠地であった。
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↑ 1977年8月 夏休みのアルバイトで小銭を稼ぎ友人ゴメス氏と初めて訪れた嘉手納基地。この頃はネオパンS/トライXと言った白黒フィルムとネガカラーを使用しており、白黒フィルムも町の写真屋さん(フィルム販売/現像処理/焼き付け、記念撮影を請け負う店が田舎の町でも必ず存在した)への依頼に頼っていた。しかし特にVC-5の鮮やかな機体はカラーで撮りたかったので、ネガカラーを使っていた。↑は嘉手納基地R/W-05で着陸して、エコータキシーラインを滑走するVC-5のTF-4J/UE-01
↑ 1979年7月 嘉手納基地にフィリピンのキュービーポイント海軍基地から飛来した3機のVC-5所属のA-4M。鮮やかな新塗装に変わっていた。
↑ 1978年厚木基地のR/W-19で離陸する為滑走するVC-5のA-4M 。フニュフニュ君撮影
TA-4J/UE-14/Bu.No158476
厚木基地に写真撮影で通い始めた頃、この部隊のTA-4Jが撮れれば、その日は他に何も撮れなくても満足して家路に家路に着く事が出来た。それほど私にとっては貴重な存在だったVC-5だが、それは機体を彩る赤黄のチェッカー模様が実に美しかったからである。これらの機体をもっと撮りたいと嘉手納基地まで遠征した(もちろん、VC-5だけが目的ではなかったが大きな目的の1つではあった)。”VC”とは艦隊飛行隊のことを差し、部隊の主な任務は艦船と航空機に対する射撃訓練の支援である。その為、標的を曳航することは彼らの任務の一つであり、味方からの誤射を避けるために尾翼に目立つ赤黄のチェッカーを描いた。この美しい機体がマニアにとっては、格好の被写体であったのだ。私は撮った事がないが、機体を純白に塗りこめたTA-4J(UE-01/155115)などは写真を見るだけでしびれた。その後この部隊はマーキングを度々変更するが、最後は標的曳航の任務から解放されたのか、お定まりのロービジとなった。
(1989)
(1989)
(1989)
(1989)
(1989)
全面をホワイトで纏ったVC-5のTF-4J、私は一度も撮れなかった憧れのマーキング。1976年にはガルグレーに変更され、その後VC-5は、1978年末に全部隊がフィリピンのキュービーポイントに移動して行った。しかし、嘉手納基地で運用される機会が多かったので、その後マーキングが変更されたものも含め、多くのファンが撮影できたのではないだろうか
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