NEXT
click here

Page-2

Thank you for posting the excellent pictures of planes I flew with VF-151,from January, 1971 to July, 1973. flew out of Atsugi in September of 1971, but injured my knee running down some steps. Therefore, I only flew 2 flights from Atsugi. (F4-B, 152212)I spent time in Yokosuka Naval Hospital, before being transferred via Camp Zama, and Yokota Airbase, to San Diego's Balboa Naval Hospital.Recovered, I re-joined VF-151 for the 1972 cruize aboard the USS MidwayAttached is an interesting picture of a Russian Bear, and our "Tiger Tail"............(By Mr. John Chesire)
右の写真は、元VF-151のクルーだったジョン・チェイサー氏から送っていただいたものである。解説文は興味深い内容である。

Many Thanks Mr.John Chesire
Wings
VF-151は、VF-161と共に1977年の春から夏にかけてF-4NからF-4Jへの転換を行った。その為一時はN型とJ型の編隊飛行も見ることができた
↑ F-4J型に変わってもNF-200番のCAGマーキングは健在で、NF-100番がCAGマーキングで無くなったため唯一目立つ存在であった。また、この機体は1977年にUSSコーラルシーが横須賀寄港の際、飛来したフェリス迷彩のNL-212であり、CVW-5に移管した後VF-151のNF-200に書き換えられたものだ。このF-4J/Bu.No.153789は、そう言う経緯で2度も海軍マニアから特別熱い視線を送られる存在となった。
↑ F-4J NF-201/Bu.No.153813は、1977年にUSSコーラルシー寄港の時に VF-191のNL-107だった機体でCVW-5に移管され塗装を変えたものである。
F-4J
コダックのパナトミックス-Xを使用している頃の白黒写真であるが、私にとっては先輩や友人からのアドバイスも頂き、試行錯誤の中から漸く自分なりに満足できるレベルの到着した。撮影技術やフィルム現像技術は奥が深く、何処が頂点であるのかは分からなかったが、次第にプリントの出来上がりが以前と比べ明らかに向上していると感じた時は嬉しいものである。この時代私が使っていたカメラは、絞りが自動である以外、フィルムの巻き送りもピン合わせとも全て手動であったため、時のよって出来不出来に大きな差ができた。撮影技術については、経験を積むうちに200mmレンズでめったにぶれる事は無いと言うぐらいの自信は付いて来たが、現像の技術は諸先輩や友人との差は大きかった。1978年は白黒フィルムの中で微粒子でしかも色調にバランスが良いパナトミックス-Xフィルムを特に好んで使った。
↑ VF-151の各機はJ型に変更後,、マーキングも変わってレードームが黒く塗られ、胴体後部に書かれていたビューアルナンバーの下四桁も書かなくなった。その為、機体ナンバーは胴体後方に書かれた小さなものを読むしかなく、ちょっとピントが悪ければ判別不能となってしまった。
↑ NF-201の背中にはTOPGUNのマークが貼れており、パイロットはトップガン過程の終了者であるとの話だった。
HOME
本国にも帰還せずに 厚木で廃棄処分されたNF-211(155745)、長く栄華を誇ったF-4もこうして廃棄されたところを見ると寂しさに耐えない。
ファントム最後のバージョンF-4S、1980年の暮れから1981年の2月にかけ13機のS型ファントムを受領するが、この時期 私は就職・・・この扇型の虎模様はあまり撮っていない。その後1984年ごろから グレーの濃淡の虎模様に変わって行った。所謂 カウンター・シェードと言うやつである。この頃の彼らのコールサインは、”スウィッチ・ボックス”
S型になってCAG塗装をした最後の様子、これ以降新たなCAG虎ジマ模様は施されず 1985年10月以降徹底したロービジマーキングばかりの暗い時代に入っていく。
ダークグレーとミディアムグレーのグレー系塗料で統一されたVF-151のF-4S、丁度 私は就職して間もない頃で この塗装を撮ろうと貴重な休みを厚木に通う気力も無く 一番撮っていないのがF-4Sであった。水平尾翼付け根のF-4Sの文字とシルアルだけが 何故かやたらと大きく書き込んである。機体のピッチ汚れが汚らしく F-4の終末を予見できる光景であった。