VF-211
(2002)
1977年以降もVF-211を傘下に収めるCVW-9は、航空母艦コンスレーション、1983年からは空母キティホーク、そして1988年には原子力空母ニミッツと度々太平洋方面に派遣され、時折嘉手納基地や横田基地へもVF-211のF-14の飛来が確認された。しかし、多くの海軍機ファンにとって最大のイベントは1997年9月の原子力空母ニミッツ横須賀寄港である。飛行甲板が一般公開され、海軍機ファンはVF-211のF-14Aを再び横須賀で撮影することができたのである。この時、既に解散してしまった姉妹飛行隊VF-24を偲んで、VF-211のF-14の尾翼にはVF-24由来のチェックマークが書かれていた。一見VF-24所属機にも見えたそうだが、所属は間違いなくVF-211だった。但しロービジ塗装の機体には昔の鮮やかな赤いチェッカーはなく、VF-211のハイビジ時代を知るファンにとっては淋しかったそうだ。
 イラスト③と同じ時期のVF-211所属機は、すべてロービジであるため 図のようなグレーの濃淡ですべてを表現している。1996年横須賀に寄港して一般公開されたUSSニミッツの艦上ではこのマーキングが施されていた。Bu.No.不明
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NG-112 (2000)
NG-101 T/O
NG-110 T/O

↑ 2003年F-14の引退を控えた時期、部隊はCVW-1に移動して初めて“AB”のテールレターを入れる。搭載された空母は、これも太平洋から回されたUSSエンタープライズであった。尾翼には2002年に受賞した「GRAND SLAM  PRESICION STRIKE AWARD」「CLIPTOM」「バトルE」の各賞の文字、特に卓越した空対空戦闘精度に送られる賞の3冠は素晴らしい。Bu.No.161603

(2002)
(2002)
(2003)
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CVW-1
Wings
↑ 1998年イラクからイラクから本国に戻ったVF-211では、飛行隊長機NG-101に書いたグリンチを残したいとの希望から、隊長機のみにミサイルを持ったグリンチを書き入れた。恐らくこの頃から部隊インシグニアにグリンチが加えられたと考えられる。Bu.No.161856
NG-100 (1999)
CVW-1”AB"には、長らくVF-102ダイヤモンドバックスが所属していたが、何とVF-102がFA-18Eを受領してCVW-5に移ることになった為 VF-211チェックメーツがCVW-1に移動してしまった。F-14Aを使用している為この部隊も近々FA-18に交換するだろうが、CVW-9の時には書かれていなかったシェブロンが尾翼に追加記入され尾翼が締まって見える。2002年オシアナのハンガーで見たAB-101は、この新塗装したばかりで綺麗であった。(2002年記)
部隊移動の過渡期に見られる光景であるが、それぞれ”AB"”NG"のレターを付けたF-14がエプロンに並んでいる。2002/9 オシアナ海軍航空機基地
(2003
(2003)
2003年VF-211の各機体には、尾翼にバトル”E"のマークと”GRAND SLAM PRECISION STRIKE AWARD”。それに”CRIFTON"の文字が誇らしげに書き込まれていた。 
↑ 19978月に尾翼からチェックマークを外す指示が当時のCOから出て、VF-211は再び元のマーキングに戻ることになった。この年の12月はイラクの飛行禁止区域の監視任務に就くが、クリスマスに合わせ尾翼にグリンチの絵柄を入れて祝うことになり上図のマーキングが施された。これは1957年にドクター・スースが出した子供向け絵本「意地悪グリンチのクリスマス」を由来としている。Bu.No.161856
海軍航空隊ではCAG/CO機の2機のみカラーリングが許されている。多くの飛行隊が流行のBlack-Tailを採用していたが、VF-211は伝統のチェッカー・テールを守り続けていた。

↑ 2004年F/-18Fに機種交換する直前、尾翼のマーキングを一新した。ホライズンラインを無くした珍しいタイプで、テールレタ―の縦書きも重なり印象が大きく変わった感じであるが、僅か1年の短いマーキングとなった。部隊は翌年2005年からスーパーホーネットに更新が始まっている。Bu.No.161612