VF-24
1977年厚木のマニアの前に現れたVF-24のF-14A各機。機体上面のガルグレーと下面のホワイトの境は、波を打ったような塗装で当時のF-14の標準的な塗り方だった。VF-211の2機と共に厚木で飛行訓練したのはNG-201とNG-203
NG-203
1977/10/16 USSコンステレーション艦内にて展示されたNG-200(159593)

上は1977年三沢の公開日に展示されたVF-24のCAG機 コックピットには、CDR TONY LESS中佐の名前がある。同年USSコンステレーションの一般公開の時も艦内格納庫で展示された。F-8Uクルーセイダーの尾翼に合わせて考案されたチェッカーはF-14の尾翼にもよく似合った。

NG-202

1996年最に載っていたのがUSSニミッツ。所属航空団は1977年以来ずっとCVW-9で ”NG”のテールレターのまま部隊解散となった。最後を飾るのもブラックテールのマーキングである。

(1955〜1996)

NG-201
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1955年の部隊創設時には部隊名はVF-211「Red Checkertails」だったが、VF-24となってこの部隊名を引き継いだもの。シスタースコードロンのVF-211と部隊名を互いに交換した形になった。また、多くのF-14飛行隊がF-4ファントムからの機種転換だったのに対し、F-8クルーセーダーからF-14Aトムキャットに機種転換した珍しい部隊でもある。1977年10月10日〜25日の間USSコンステレーション横須賀寄港と共に厚木に展開したので、多くのマニアが目にする事ができた。また1977年9月15日の三沢基地のオープンハウスには、NG-200が飛来展示されている。
 残念ながら部隊は、1996年8月に解散してしまった。

1977年10月10日横須賀基地に寄港したUSSコンステレーションの甲板上にワイアーで固定されたF-14A。10月16日公開当日は、航空母艦の格納庫のみが立入許可され、甲板に上がることはできなかったので、隣に係留された公開されていた護衛艦ひえいに乗って艦上から望遠でできるだけ撮ろうしたマニア諸氏が多かった。私もその一人であった。

↑ 1979年8月 VF-24は再び部隊名を変更し"ファイティング・レネゲーズ"という名前を使い始めた。上の写真は、1978年10月嘉手納に飛来したVF-24のF-14A。この時は未だ”ファイティング・レッドテールズ”である。

↑ 1979年10月 Vf-211のF-14Aと2機で嘉手納に飛来したNG-200番 尾翼にCVW-9のマーク。

Wings
約10日近くの厚木基地における訓練飛行で、嘘か本当かは知らないが当時のランウェイがF-14のタッチダウンの重みでへこんでしまったとの噂が流れてきた。後にCVW-5にF-14Aが配備されると決定された後、滑走路のかさ上げ工事が行われたはずである。上写真はUSSコンステレーッション出港後、空母から飛来した3機のF-14Aの内 VF-24のNG-202.