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1981年11月5日、アメリカのマグダネル・ダグラス社AV-8Bが初飛行した。従来のA型と比較し兵器搭載量/航続距離が2倍と言う性能に完成当初は「AV-16という呼称が付くのでは・・・」と言われる程の高性能化が実現できた機体である。この大きく進歩したハリアーⅡを最初受領したのが、VMA-331(バンブルビース)あった。
VMA-331は1985年の春に、この新しいハリアーの配備を開始し、ハリアーB型として始めて岩国基地に派遣されたのであった。報道番組で映し出された”爆撃する蜜蜂”たちの岩国基地初飛来シーンに、私はテレビ画面にかじりつきとなった。放送画面の中でハリアーは7~9機が滑走路の手前で隊列を組むように降りてくる衝撃的なハリヤ-ランディングを見せてくれたからである。ハリアーランディングとは、着陸時ランウェイ手前でジェットの噴射ノズルをほぼ垂直に近い角度に向けながらホバリングし、前後の機体が距離を縮めて一気に降りてくる着陸の形を指している。後々我々マニアは、違った意味でこのハリアーランディングに悩まされる事になるのだが、5機~6機と間隔を空けずに連なって降りてくる姿は、まさに花に群がる蜜蜂の如くであった。残念ながらこの”爆撃する蜜蜂”君たちも軍縮の嵐には勝てず、最初に解散したAV-8Bの部隊になってしまった。
↑ VMA-331は、日本では1989年に岩国展開したため、マニアにより多くの写真が撮影されているが、塗装例は当時統一されたグリーン系のオーバーラル塗装のみであり 湾岸戦争後の1992年位解散したため、マーキングの事例が少ない。ちなみに湾岸戦争では、この飛行隊のVL-11,VL-14が撃墜され、パイロット2名が戦死している。イラストのグレー塗装は、湾岸戦争前に施されたと思われる珍しいケース。この機体は、湾岸戦争時には、VMA-542へ移管されWH-40として参加している。Bu.No162069
↑写真 VL-05とVL-14は、1989年11月19日 芦屋基地にて撮影。
↑ 1989年アメリカ海軍の当時の新鋭強襲揚陸艦USSベローウッドに搭載され 統合遠征部隊(Rein)として活動していた頃のマーキングで グリーン系の2色の他 エンジンナセル、主翼前縁、パイロン前縁などに明るいタン色が加わって複雑な迷彩となっている。機首には、HMM-163のテールレター“YP”と“邪悪な目“と鮫口?が描かれ、珍しいマーキングとして雑誌でも取り上げられた。Bu.No.162077
(1989)
(1989)