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VMA(AW)-224”ベンガルス”は、1942年5月1日ハワイのバーバース・ポイントで編成された飛行隊で、当時の部隊ナンバーは”VMF-224”つまり海兵隊の戦闘機中隊であった。最初に配備された機体は、逆ガル翼で有名なボート社のF4Uコルセアで、1942年9月からガダルカナル島のヘンダーソン飛行場をベースに日本軍と戦闘を展開、約60機の撃墜を記録している。1942年11月に本拠地を海兵隊エル・トロ基地に移し、再び練成訓練を積んでマーシャル諸島の攻略戦・沖縄戦に投入された。戦後の1950年代 F9F-5パンサーの配備されていた時代に朝鮮戦争が勃発、それに伴って1953年に海軍厚木基地に展開し、日本上空のエア・カバーを行ったようである。1957年からA-4Aスカイホークを受領し、1965年の10月には当時の南ベトナム、チュ・ライ基地に展開、戦闘に参加した。1966年にA-6Aイントルーダー攻撃機の配備を受け上述の通り海兵隊として、初めて空母に搭載されて北ベトナム攻撃に参加している。(2004年 記)
↑ 上2枚の写真も1979年5月の岩国基地航空祭での展示機WK-352。ラダー部分は上のカラー写真でもわかるようにフルカラーであるが、本国戻ってから再び尾翼全体を白く塗った元のマーキングに一時的に戻されたようである。
↑ 1978年5月から1年の岩国基地展開を行ったVMA(AW)-224のA-6Eだったが、約一年を経過し次の部隊と交代が近づいた1979年5月の岩国基地航空祭では展示機としてWK-352が飾られた。尾翼はマーキングが変り、全面的に白かった尾翼はラダーだけ白い対応となっている。White Bearさん撮影。
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(1987)
(1987)
Wings
↑1975年から1976年まで岩国にローテーションで駐留していた時期のマーキングで、尾翼はマリンブルー。私はこのマーキングを一度も撮れずに終わってしまった。A-6E/WK11/Bu.No.159183
↑1978年5月に再び岩国を訪れたVMA(AW)-224は、塗装を一新しており、ホワイトベースに赤文字であった。ラダーにはレンガの壁を破壊して躍り出るベンガルタイガーのマーキングが入っている。A-6E/WK-00/Bu.No.152908
↑ 横田基地の友人の写真にも触発され、1978年秋に再び嘉手納基地に行ってみる事にした。上の2枚は、1977年10月嘉手納基地のR/W05にて撮影したVMA(AW)-224のA-6Eであるが、同隊は嘉手納基地ではあまり活発な活動をしておらず収穫は上の2機だけだった。尾翼のマーキングは、白地に赤。
↑ 1982年9月に撮影されたVMA(AW)-224 "Bengals"のA-6E/WK-07/Bu.No.155604。この機体は、1983年には、KA-6D給油機に改造され、VA-34に移管されている。
In 1966 VMA- 224 was relocated to Marine Corps Air Station Cherry Point, North Carolina. The squadron received A-6A Intruder and thier was redesignated Marine All Weather Attack Squadron 224 "Bengals" and assigned to the 2d Marine Aircraft Wing.
A-6E
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↑ 1979年11月グリフィス空軍基地で撮影されたVMA(AW)-224 "Bengals"のA-6E/WK-08/Bu.No.155586。VMA(AW)-332のページでも”EA-06”で同機を紹介している。
↑ 1979年12月に撮影されたVMA(AW)-224 "Bengals"のA-6E/WK-10/Bu.No.159177。既にロービジ化の影響を多少受けたのか、マーキングが簡素化されている。