Page-3
DT-05 (164674)
↑ 下のイラストと同じく2010年に確認された“DT-00”で A-6Aイントルーダー攻撃機の配備された1960年代のマーキングを意識して塗装されたものであり、その為ビューアルナンバーをわざわざ尾翼に移動させているのがわかる。1966年に当時の南ベトナム共和国のダナン基地に派遣され、翌年からローリングサンダー作戦に従事しているが、その時の記録をコックピット右側に書き込んでいる。また 整流版には、海軍十字賞を受賞した大佐の名前が書き込まれた。F/A-18D Bu.No.164651
DT-09 (165685)
(2001)
(2001)
↑ 2009年日本の岩国で塗装されたマーキングで、初めて蝙蝠が両尾翼の外側に大きく描かれた。”MARINE”の文字もオカルト風に書かれ、5月のオープンハウスでも展示された。テールレター”DT”がセンチュリー文字となっている。F/A-18D Bu.No.165528
(2001)
(2001)
(2001)
”暗黒からの死”などと オカルト的なキャッチフレーズを使っているが、吸血蝙蝠に血を吸われても死ぬわけではない。最近では傷口からの伝染病の心配はされているようだが・・・・
2008年9月6日 八戸基地に翼を休めるFA-18D、翌日三沢に移動する予定が タイヤの亀裂か何かのトラブルで 翌日までお休みとなった。パイロット達だけは 三沢に車で移動し しっかりと出店で商売に余念がなかった。
VMFA(AW)-242も歴史が古く、創設は1943年7月に遡る。海兵隊最初の全天候飛行隊としてTBFベンジャー雷撃機を配備され、エル・セントロ基地で教育訓練を受けた上で太平洋戦争に参加している。太平洋戦争では、ニューギニア戦線からサイパン島・テニアン島といった日本軍守備隊が守る孤島の攻略、最後には硫黄島攻防戦に参加しているので、日本と関連の深い飛行隊だ。
1960年10月にはA-4Dスカイホークを受領、1964年の初めにA-6Aイントルーダーを受領しているからA-6A/E時代はかなり長い。ベトナム戦争では、南ベトナムのダ・ナン空軍基地をベースに出撃を繰り返し、特にケサン攻防戦では、ローリングサンダー作戦の一翼を担った。エル・トロ海兵隊航空基地所属時代の1990年12月に、長い間使用し続けてきたA-6EをVA-128に移管し、F/A-18Dに機種交換して現在に至る。それまで岩国に配備されていたVMFA-212ランサーに換わり岩国に常備される部隊となるので暫くは、撮ることができるだろうとマニアは喜んだ。その第一陣は2008年3月10日に飛来している。オカルト映画の主人公になることの多いコウモリ君、特にこの手のオカルト映画では吸血蝙蝠と吸血鬼ドラキュラを重ね合わせたスト-リーが多く、今やすっかりドラキュラとコウモリが関係あるがごとく結び付けられるが、古来は全く関連性のない二者である。元々ドラキュラ伯爵(ワラキア公バラド3世)とは、ルーマニアの一地方を治めていた領主で、オスマントルコとの戦いで、殺した敵兵を串刺しにして晒した事から残忍なイメージが定着して、その後吸血鬼伝説と結びついた。でも地元ルーマニアでは、そうした話はないそうである。またドラキュラと言う名前も父親の呼称がドラクル公(竜公)であったので、その息子と言うことでドラキュラと呼ばれたそうで、コウモリよりは竜に縁があるようだ。
(2008)
(2008)
(2008)
2009年フニュフニュ君から岩国行の誘いを受けながら、またまた都合が付かず行けなかった。某国にいるので簡単に休みを取って帰国ともいかないのだ・・・許してね・・・でもこう言う時に限って岩国は、大当たりなのである。2009年5月の岩国に展示された憧れの”DT-00"2009年12月に厚木の日飛入りしたと言うから、またマーキングが変わるかもしれない。
(2008)
大バットがいるかと思えば、燃料タンクには、かわいい子バットも書かれていた。
click here
↑ 2010年、この部隊もついに旭日旗をマーキングに採用、赤色を多用した歴代唯一のマーキングとなった。次に紹介する”DT-00”とともにペアでの遠征もあり、マーキングとして華やかな時期であった。オカルト風の文字は、従来のものから新しい形式に変わっている。F/A-18D Bu.No.165686
1990年の湾岸戦争時は、A-6Eで参加したVMFA(AW)-242であるが、F/A-18Dになって最初の実戦は、2004年のオペレーション・フリーダム・イラク作戦である。2004年8月4日から2005年の3月15日まで約7ヶ月の間、300000ポンドの誘導爆弾などを投下している。
DT-05 (164674)
(2008 in TOKOTA AB)
(2008)
(2008)