↑ 一つ上のカラー写真でもご紹介した岩国から厚木の日飛工場に定期検査に来て、修理点検を終えローカルフライトしたVMA(AW)-332のA-6E/EA-08/BU.No.155583。
EA-08(155583)
↑ ネガカラー版であるが、私自身が1977年最初に厚木基地で撮ったVMA(AW)-332のA-6E”EA-07”↑と”EA-08”↓である。マーキングの美しさに毎回手が震えていた。この機体を撮影できた時の喜びは格別で、この後海兵隊機への思いは募っていった。
↑ VMA(AW)-332 "Moon Lighters"のA-6E/EA-03/Bu.No.155619。EA-10/EA-12共に3個の流星は未記入である。
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↑ VMA(AW)-332 "Moon Lighters"のA-6E/EA-10/Bu.No.155617。この機体は、1977年1月にフィリピン沖で墜落して失われた。
↑ VMA(AW)-332 "Moon Lighters"のA-6E/EA-03/Bu.No.159174
ムーン・ライターに部隊名が変更された正にその年に 岩国で撮影されたVMA(AW)-332のA-6E。そのマーキングの美しさからマニア憧れの部隊で、厚木基地の多くのマニアも岩国基地にまで遠征し、厚木の先輩マニア永田氏は、小船をチャーターして基地沖合いで着陸を狙って多くの素晴らしい作品を残している。此処に並べるのは、この素晴らしいマーキング時代に、岩国基地に入場許可を取って入り、コダクローム24で、しかも標準レンズで撮影していた渡辺師匠の作品。何とも羨ましい限りである。1976年9月岩国基地
Wings
↑ 1978年7月ドビンス空軍基地で撮影されたVMA(AW)-332 "Moon Lighters"のA-6E/EA-06/Bu.No.155586。この機体は、後にVA-95所属の時代に空母リンカーンのカタパルト上で発火して失われたとされる。
1976年から1977年初頭までは、度々厚木基地に飛来しているが 私が撮影できたのは 3機程度で シャッターチャンスには恵まれなかった。1979年に嘉手納に遠征した際 この部隊のA-6Eを毎日飽きるほど撮影できたが 本ページ下段の写真のような悲しいロービジ塗装で 感激は薄れていたのだ。しかし ムーン・ライターなのにロービジ塗装機は、肝心な”月”が書き込まれていない。VMA(AW)-332 "Moon Lighters"のA-6E/EA-06/Bu.No.159309。この機体は、何らかの理由で1977年3月にフィリピン沖に投棄されている。
1976年夏 沖縄県の嘉手納基地に展開し訓練を行ったVMA(AW)-332のA-6E、翌年の5月には、VMA(AW)-121に変わっているので 1977年の春先までしかシャッターチャンスはなかった。翼下にロケット弾ポッドを付けての実弾訓練で 嘉手納でしかお目にかかれない光景である。
↑ Modexナンバーは無いが、日飛で修理して試験飛行するVMA(AW)-332所属のA-6E/EA-08である。
EA-07(159310)