上の2枚の写真は1971年5月に開催された岩国基地航空祭(当時は三軍記念日と呼ばれた)に展示されたVMA(AW)-533のA-6Eである。撮影はWhite
Bearさん。当時A-6のレードームを上面下面で塗り分けたものは少なく,同隊のこうした塗装例は上イラストのマーキング時代の名残と思われる。
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第二次大戦中に於いては夜間戦闘機部隊だった同飛行隊、赤い悪魔がマシンガンを連射する絵柄をインシグニアにして"Black Mac's
Killer”と言う愛称を持っていた。ブラックマックとは、夜間レーダー索敵の先駆者と言われ、海兵航空の夜間戦闘機隊VMF(N)-533の最初の指揮官でもあったマリオン・M・マグローダー大佐のニックネームらしい。当時最新鋭全天候攻撃機A-6Aを受領したのは、ベトナム戦の最中の1965年で、南ベトナムのチュンライ空軍基地に配属されて、1967年から足掛け3年で10000回の出撃を行い、多くの功労賞を受賞している。1967年のハノイ郊外のフクエン空軍基地攻撃の成果は特に評価され パイロットの中には海軍十字章を受章した者も輩出している。(2023年6月 記)
↑ 1978年9月チェリーポイントで撮影されたVMA(AW)-533のA-6A/Bu.No.155625。この機体もA型として生産されE型に改造されたもので、1987年8月にチェリーポイントで離陸直後に墜落して失われている。
↑ 1979年2月デービス・モンサンで撮影されたVMA(AW)-533のA-6E/Bu.No.159903
↑ 1978年9月に撮影されたVMA(AW)-533のA-6E/ED-04/Bu.No.159902
↑ 1974年2月にミラマー航空基地で撮影されたVMA(AW)-533のA-6A/Bu.No.155581。この機体は、A型として生産され、E型に改造されたもので この部隊を離れた後、VMA(AW)-224に移動してWK-10となっている。。
↑ 本機は1969年に海兵隊に納入され、VMA(AW)-533に配属されて、1970年頃部隊が岩国基地に展開した頃のマーキングである。A-6A/Bu.No.155692。本機は後にE型に改良されて海軍航空隊に移管、何とCVW-5傘下のVA-115に配属となったので、厚木基地で見る事も出来た。
↑ VMA(AW)-533が1967年~1968年南ベトナムのチュンライ基地に展開していた頃のマーキングで、胴体上部に第二次大戦中のドイツ空軍のFw-190に描かれていた黒い鷹のシルエットに似た絵柄を入れている。A-6A/Bu.No.154164
。因みに同飛行隊所属のA-6A/Bu.No.154164と言う1つ番号違いの機体は、1968年5月3日北ベトナムのドンホイ地域を北爆任務中に行方不明となり、基地に戻らなかった。ロバート・エイブリー中尉含む2名の士官は戦死と記録されている。
↑ 1978年9月チェリーポイントで撮影されたVMA(AW)-533のA-6E/Bu.No.155642
↑ VMA(AW)-533が再び南ベトナムに展開して北爆に参加した時のマーキングで、ラダーを濃淡に色の帯で飾っている。尾翼に白い鷹のシルエットを描いた最初のデザインでもある。この機体も見覚えのあるビューアルナンバーだが、で、厚木基地に駐留していたVA-115の所属機にもなった機体である。A-6A/Bu.No.155706