VMFA-232

F-4J (WT-6) /153859

VMFA-232は、海兵隊のスコードロンの中で最も長い歴史をもつ飛行隊の一つであり、その生い立ちは1925年に遡る。何と日本海軍の真珠湾攻撃によりオワフ島で全滅に近い損害を受けたのがこの部隊だったのだ。大戦中はSDB-3ドントレスや TDF-1アベンジャーの配備を受け、海兵隊の攻撃部隊として活躍したが戦後一度解散し、1948年に戦闘機中隊として復活している。
 VMFA-232は、1967年9月にMCASエルトロでF-4ファントムを受領し、赤い悪魔をこの新しい機体に書き込んだ。岩国に配備され、派遣されたベトナムでは1972年の春期攻勢に対応して、タイの基地を拠点にラインバッカ−作戦などに参加した歴戦の部隊である。1989年6月にF/A-18Aホーネットに機種交換。(2002/5 記)
Red Devils(VMFA-232) In KADENA Okinawa 1977
↑上は岩国に配備された頃から1970年までの頃のレッドデビルス、この後デビルは尾翼に移動し「WT]のレターも小さくなって赤のシャドーが入るなど、ベトナム戦終了前後で影響で次第に派手なマーキングに変わって行く。資料提供は広江さんはじめ「おじさんスレッド」の皆さんの協力を頂きました。
1970年10/31、厚木で確認されたスペシャルマーキング「WWT」、左側面は通常タイプの塗装であったそうだ。↑
VMFA-232レッドデビルスのマーキングで最も派手だったのが上図と下図のマーキングである。尾翼真っ赤のF-4Jは1976年まで上図塗装であったが、1977年以降下図のように「赤い悪魔」が胴体中央に移動しレードームの塗り分けが3色になる。またインテークの悪魔の顔も赤1色になった。↑↓
F-4Jは、1978/9〜1979年上記塗装に変更。1980年最初に展開したF-4S時代には下図のような寂しいマーキングになり その後完全なロービジタイプに変更された。↑↓
the Red Devils(VMFA-232) received the coveted Robert M. Hanson "Marine Fighter Attack Squadron of the Year" award.
F-4J (WT-9) /157265
VMFA-232は、F-4Jで最も長い期間連続で日本に駐留した部隊であり F-8U時代には厚木にも配備されたことがある。真っ赤に塗りこめた尾翼は、撮影するものの気持ちを高揚させる。デビルのマークは1976年頃から胴体側面に書かれるようになったが、尾翼に入ったタイプが私は好きだった。1977年10月にVMFA-235(DB)に変わるまで8年近く日本にいたので、我々マニアにとっても縁の深い部隊になった。(この期間 ベトナム戦で一時タイに派遣された事はある) 
Wings

霧のかかった横田基地を離陸のためTAXIするWT-10

F-4J (WT-10) /155754

F-4J (WT-13) /153833

F-4J (WT-00) /155783

Kodak negacolor films

F-4J (WT-9) /157265
WT-156/155753 New Making
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F-4J VMFA-232 on Kadena AB in Aug,1977

Kodak製のネガカラーフィルムで撮影したものであるが、粒子が細かい為保存が良ければスライド並みの解像度を維持できる。

F-4J
F-4J (WT-5) /153796
Photo by P.V.Oers