(1942~1992)
1968年にエルトロ基地に移転後、ベトナム戦とも縁が無くない平和な本国でファントム戦闘機での訓練に集中することになるが、1971年には艦載機としての訓練も受けるようになって1972年には新鋭空母USSフォレルタルへの積載が決まり空母運用を行う事になった。これはVMFA-323と共に海兵隊で始めて海軍空母で運用された事例となった。この時期には、VMA-311トムキャッツに次いで、海兵隊2番目のF-14トムキャット戦闘機飛行隊の候補であった為、部隊の一部のスタッフはF-14Aの習熟に向け、研修が始まっていたはずであったが、予算の都合でF-14A導入が無くなった。その後 VMFA-531は所有するF-4を逐一N型の更新して、海兵隊ファントム戦闘機で初めてAIM-7Fスパローミサイルの発射を成功させている。1982年11月F-4Nファントムが引退となり、FA-18Aへの移行が開始された。
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F-4N/EC-12/Bu.No.153008
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F-4N/EC-01/Bu.No.152981
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↑ ↓ 一連の写真は全て1978年5月のエルトロ基地におけるVMFA-531所属のF-4N戦闘機の様子である。同隊で一番有名なこの大きなスカルを描いたマーキングは、F-4ファントムが引退する1982年まで変わる事は無かった。マニア好みのデザインで、多くの航空ファンの憧れのマーキングだった。
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↑ 海兵隊F-4Bファントム戦闘機部隊として空母展開した頃のマーキングで、「EC」というオリジナルの部隊コードが書かれた写真とCVW-17「AA」の空母航空団のコードが書かれたマーキングがあったUSSフォレスタルに載って航海に出ているが、。同隊の伝統である髑髏と電光と531の★はデザインを変えて健在であった。
↑ 同隊の写真としてほとんど残っていない珍しいマーキングの一つが↑で、灰色の死神の立ち姿が書かれていた。時期は1969年頃とされ、エルトロに移動して間もない頃である。このマーキングからテールコードが縦に並べて書かれるようになっている。