(1942~1992)
F-4Bを受領した1962年からVMF-531よりVMFA-531に部隊ナンバーを変更しベトナム戦に真っ先に送られた飛行隊として有名である。VMFA-531のF-4N時代は、海兵隊エルトロ航空基地(MCAS
El Toro)のWS/EC/VWの日本に来ないトリオ飛行隊として、アメリカ本国にでも行かなければ撮影できない飛行隊として、日本国内のマニアは撮影を諦めていた。ところがWS/ECの2飛行隊は、1979年USSコーラルシーのCVW-14の傘下に入り 1980年のWESTPACの際沖縄の嘉手納基地に大挙して飛来しマニアを狂喜させた。その頃のVMFA-531のNK-100は、これまた美しいCAG機塗装であった。(2002/6 記)
↑ 1975年8月頃からVMFA-531は、F-4B型から逐一N型ファントムへ更新を始め、同時期にVMFA-531の機体マーキングの全面変更を行っている。下地の青は、↑イラストのように淡い青色のものは珍しく、紺色が標準であった。
F-4N/EC-00/Bu.No.153064
↑ 上2枚の写真は何れも1980年10月にエルトロとミラマーで撮影されたもの。
↑ 1982年5月 フェアチャイルド空軍基地の航空祭に展示されたVMFA-531のF-4N/EC-01
F-4N/EC-12/Bu.No.152323
F-4N/EC-04/Bu.No.153017
↑ 1980年7月にエルトロで撮影されたVMFA-531のF-4N/EC-04。1980年6月 USSコーラルシーでの太平洋方面の長い航海からエルトロに戻り、1か月たたない時期の写真である。
1978年頃から交流の続いていた沖縄の友人D氏から送っていただいた貴重なショットの数々で、特にこの時嘉手納に飛来したVMFA-531のF-4Nは、当HPで是非皆さんにご紹介したい写真だった。
↑ 1979年秋ごろ USSコーラルシーに乗って太平洋方面の航海任務に就き、嘉手納基地に艦載機を多数降ろしている。撮影は当時嘉手納の地元マニアの一人で当時まだ高校生だったD氏によるもので、中古車センターの屋上から海軍エリアのエプロンを見下ろすように捉えている。
この航海は1979年5月から準備が開始され 11月に出港、翌1980年6月までの長い航海となった。VMFA-531と323は、USSコーラルシー配属のCVW-14の傘下に入って行われた。VMFA-531は、最も経験豊かなメンバーが徴集され 指揮をとったのはベトナム戦争を通じ400回以上の空母ランディングと360回もの実戦参加をしていたベテランのGary R "Jinx"Braun 中佐だった。用意されたのは12機のF-4Nと35名の士官、217名の兵員である。
↑1979年11月から空母コーラルシーに乗って太平洋方面の航海に出た時のマーキングで、第14空母航空団のコード「NK」を付けて、ラダーには航空団傘下にある各飛行隊のユニットカラ―で飾られた。同隊で最もカラフルだった機体である。帰国後は、「EC-01」に書き換えられた。
↑ 1982年7月にオファット空軍基地撮影されたVMFA-531の機体であるが、同年11月に引退を控えて、既にデービス・モンサン集積場への移動準備に入っている頃に当たる。
F-4N/EC-01/Bu.No.152217
↑ 1982年5月 同じくフェアチャイルド空軍基地の航空祭に展示されたVMFA-531のF-4N/EC-12
F-4N/EC-01/Bu.No.152217
F-4N/EC-11/Bu.No.152981
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