1977年8月嘉手納に着陸し、ネービーエリアに向かうRF-4B/RF-613/BuNo.156106 。Page-1で記述したが私が写真を本格的に始めて1976年に横田基地で最初に出会ったファントムがModexRF-613番機、当時ピンボケの写真でも満足したが嘉手納で再会できて良かった・・・・と思ったら機体が入れ替わっていた。156105→153106と1つ違いのビューアル・ナンバーである。
↑ フニュ君が1977年9月27日厚木R/W01で撮影した離陸するVMFP-3のRF-4B/RF-611/Bu.No.157344。 ご記憶に深いと思うが、この機体この後数分後に墜落して地上に激突、地上の住民3名が死亡する事故になった。(ご冥福をお祈りします) 正に離陸の時を捉えた写真でエンジンナセル付近から白い蒸気状のものが噴出している。何かが漏れ出しているのだ・・・乗員は脱出して無事だったが、厚木基地と米軍に対する風当たりがこの事故を契機に強くなり、反対運動に拍車を掛けてしまった。(2006年1月 記)
↑ 1978年3月沖縄嘉手納基地R/W-05Rに着陸するVMFP-3のRF-4B/RF-610/Bu.No.157341と↓RF-611/Bu.No.157346
↑ White Bearさんが1980年5月の岩国基地航空祭で撮影されたVMFP-3のRF-4B/RF-611/Bu.No.157346。何と尾翼の3本ラインが復活していた。
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1978年後半頃から現れたロービジタイプのRF-4B、VMFP-3最初の頃のマーキングを基本的にベースにしているが、「RF」の文字は味気の無い文字体になった。但し 機種はレーダーコーンの先までグロスブラックのラインが伸びてしまりが出た。RF-4B/RF-22/Bu.No.153106
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前述した通り、VMCJ-1/2/3の(テールコード”RM/CY/TN")が、VMFP-1”RF”に再編統合され、海兵隊の写真偵察を担うRF-4Bファントム偵察機は、カルフォルニア州エルトロ海兵隊航空基地にVMFP-3所属として集められた。VMFP-3の当初の塗装は専門誌や写真集でも数枚しかお目にかかったことが無いが、前項イラストでご紹介したようにコクピット縁から尾翼にかけてフィルムパーフォレーションをデザインしたラインが入ったもので、尾翼は赤と言う派手なものであったが、背中には未だ「VMCJ-3」の文字が残るなど過渡的なマーキングであった。程なくして、ネービーブルーをベースに恐らく"VMFP-3"の3を表現したラインを入れ「RF」のテールコードのマーキングに変ることになる。そして岩国にも分遣隊を置き、当時空母ミッドウェイには(DET)として派遣され空母に搭載される際の定数は3機となっていた。(2002年 記)
↑ 尾翼に部隊ナンバーに由来すると思われる3本のラインを入れた1979年版マーキング、機体によってはレドームやコックピット周りをグロスブラックで塗り込めた機体も多かったのでイラストとしてみた。RF-4B/RF-612/Bu.No.157349
1978年にはすっかり色気を落し、グレーと黒2色のマーキングとなってしまった。何とか国籍マークは色が付いていたものの非常に落胆した記憶である。F-4N型と同様の改造が施されており、ジェットインテークにはALR-45
ECMアンテナなどが追加されていることが外形上で判る。尚 1977年に横浜市内に墜落したRF-611/Bu.No.157344の代替機がこのRF-4B/Bu.No.157346である。
↑ 岩国基地に分遣隊で派遣されるRF-4Bは定数4機で派遣時期によって、DetA/B/C等と名前が変わった。RF-610のようにDet1/3が使われる事もあったが、詳細は不明。1976年時空母の艦名が尾翼のチップに書かれていた。RF-4B/Rf-614/Bu.No.153109
後にフィリピンで墜落した機体である。