上の2枚の写真は、いずれも沖縄嘉手納基地に飛来したVA-27のA-7Eであるが、上から1枚目は、USSエンタープライズのWest-Pac時で1977年、下の写真は、1979年USS コーラルシーに載換えて再び飛来した時のものである。尾翼先端部を除きマーキングに大きな差は無いが ”NK”の上に書かれたナイトが使うとげの付いた金棒が部隊のシンボルである。決闘の際 鉄の玉の重量を生かして 相手の鎧を貫通させダメージを与える武器で 古代の戦から使われていたものである。

1978年この年がVA-27にとって 長きにわたって共にした空母エンタープライズでの最後の航海に出る年である。この時期のCAG機では、”00”をダブルナッツ(二つのナット)と呼び 実際にナットの絵柄を書き込むのが流行だった。NK-400も尾翼の00がナットになっている。

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この飛行隊もベトナム戦争時に急遽創設されたA-7コルセアⅡの攻撃飛行隊の一つである。1967年の部隊創設当初、配属された空母航空団はCVW-14で、キティーホーク級空母の2番艦 CV-64コンステレーションに載って1968年7月に初めてベトナムに向かい航海に出た。

1970年、CVW-14はアメリカ海軍初の原子力空母エンタープライズに移動、傘下にあったVA-27は、尾翼に書かれた”NK”のレターを換えることなく 再びベトナム戦争に出撃している。この時に A-7AからA-7Eに機種交換し、1972年にはベトナムにおける最大の北爆作戦ラインバッカーⅡに参加 北ベトナムに激しい爆撃を加えた。

VA-27は、原子力空母エンタープライズに移動後 西太平洋に数回派遣され 厚木基地にも飛来している。その後 CVW-14は、引退間際の空母コーラルシーに移動したため この古い空母に載って太平洋方面のデプロイメントをした1979年時に CVW-14傘下の数多いA-7Eが嘉手納基地に飛来して マニアを喜ばせた。この時の写真は、友人の作品を下に掲載させてもらった。

創設以来15年に及ぶ長い期間 ずっとテールレターは、”NK”だったので 私は、ラダーがギザギザ模様のVA-27のデザインにはNKの文字しか浮かばないのだが A-7E時代の後半 CVW-15に移り 尾翼のレターを”NL”に換えている。この時のA-7Eは、完全なロービジ塗装である。。1990年7月にVFA-27となってFA-18Aを受領しているが、厚木に部隊移動で初飛来したのは、.1996年6月7日。 
Old Insingnia of VA-27
1976年USS エンタープライズから 厚木に飛来したCVW-14のA-7E 2飛行隊、上右写真が、前述したVA-27のNK-401とNK-404である。着陸時の取り逃がし悔しかったので ゴルフ場の裏手に回って見に行ったところ NFのA-7に混じって駐機していた。証拠写真として撮ったものであるが、いつも 風向きにかかわらず RW/19側の撮影ポイント「お墓」で撮っていた私は、多くの貴重な被写体を逃していた。

1980年USSコーラルシーに載っていた頃のVA-27 CAG機。CAG機は、空母航空団の司令指定機のことであるが、派手なマーキングをすることで部隊の士気を上げることが目的であり 実際に航空団司令自身が乗り込むことは少なかった。これは、CO XO機にも言えることで 予備人員を持ち 交代勤務で付く空母での作戦では、パイロットが、書き込まれたネーム通りいつも固定の機体で出撃するわけではない。

VA-27は、1967年A-7コルセアⅡの開発終了と共に多くの部隊が作られた中の1つ。7個飛行隊が1967~1968年の間に新編され VA-105以外は、末尾が”7”の飛行隊ばかりである。VA-27も1967年とA-7の”7”をもらっているものと推測される。イラストは、USSエンタープライズに載って 1972年3回目の航海に出たときのマーキングである。増装タンクには、部隊名が書かれていた。

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