この飛行隊もベトナム戦争時に急遽創設されたA-7コルセアⅡの攻撃飛行隊の一つであった。1967年の創設当初、配備された空母航空団はCVW-14で、キティーホーク級空母の2番艦 CV-64コンステレーションに載って 1968年7月に初めてベトナムに向かい航海に出た。

1970年、初の原子力空母エンタープライズにCVW-14も移動 傘下にあったVA-27は、尾翼にあった”NK”のレターを換えることなく 再びベトナム戦争に出撃している。この時にに A-7AからA-7Eに機種交換している。1972年には、ベトナムにおける最大の北爆作戦ラインバッカーⅡに参加 北ベトナムに激しい爆撃を加えた。

VA-27は、最新鋭の原子力空母エンタープライズに移動後 西太平洋に数回派遣され 厚木基地にも飛来している。その後 CVW-14は、搭載空母を引退間際のコーラルシーに移動したため この古い空母に載って太平洋方面のデプロイメントをした1979年時に 比較的多い数のA-7Eが嘉手納基地に飛来して マニアを喜ばせた。この時の写真は、下に友人の写真を掲載させてもらった。

創設以来15年に及ぶ長い期間 ずっとテールレターは、”NK”だったので 私には、VA-27=NKのイメージが強かったが A-7E時代の後半 CVW-15に移り 尾翼のレターを”NL”に換えている。この時のA-7Eは、完全なロービジ塗装である。。1990年7月にVFA-27となってFA-18Aを受領しているが、厚木に部隊移動で初飛来したのは、.1996年6月7日。 
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上の2枚の写真は、いずれも沖縄嘉手納基地に飛来したVA-27のA-7Eであるが、上から1枚目は、USSエンタープライズのWest-Pac時で1977年、下の方は、1979年USS コーラルシーに乗換えて再び飛来した時のものである。チップの部分を除きマーキングに大きな差は無いが ”NK”の上に書かれたナイトが使うとげの付いた金棒が彼らの象徴である。決闘の際 鉄の玉の重量を生かして 相手の鎧を貫通させダメージを与える武器で 古代の戦から使われていたものである。

1980年USSコーラルシーに載っていた頃のVA-27 CAG機。CAG機は、空母航空団の司令指定機のことであるが、派手なマーキングをすることで部隊の士気を挙げることが、目的の一つであり 実際にCAG自身が乗り込むことは少なかった。これは、CO XO機にも言えることで 予備人員を持ち 交代勤務で付く空母での作戦では、パイロットが、書き込まれたネーム通りいつも固定の機体で動くことはなかった。

VA-27は、1967年A-7コルセアⅡの開発終了と共に多くの部隊が作られた中の1つ。7個飛行隊が1967~1968年の間に新編され VA-105以外は、末尾が”7”の飛行隊ばかりである。VA-27も1967年とA-7の”7”をもらっているものと推測される。イラストは、USSエンタープライズに載って 1972年3回目の航海に出たときのマーキングである。増装タンクには、部隊名が書かれていた。

1978年この年がVA-27にとって 長きにわたって共にした空母エンタープライズでの最後の航海に出る年である。この時期のCAG機では、”00”をダブルナッツ(二つのナット)と呼び 実際にナットの絵柄を書き込む流行があった。NK-400も尾翼の00がナットになっている。

Wings
Old Insingnia of VA-27
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USS エンタープライズから 厚木に飛来したCVW-14のA-7E 2飛行隊、上右写真が、前述したVA-27のNK-401とNK-404である。あまりに悔しかったので ゴルフ場の裏手に回って見に行ったところ NFのA-7に混じって駐機していた。証拠写真として撮ったものであるが、いつも 風向きにかかわらず RW/19側の撮影ポイント「お墓」で撮っていた私は、多くの貴重な機体を逃していた。