岩国の海兵隊のローテッション配備に海軍のA-7Eが応援配備され VA-105に次いでVA-37が、1984年から岩国に配備された。海兵隊の傘下に海軍機が入ることは初めての事柄として注目された。 

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VA-37の歴史は、飛行隊ナンバーの割には意外と浅く 1967年7月になる。A-7Aが海軍に配備され始めた時に創設された攻撃飛行隊で 2年後の1969年にはCVW-11に組み入れられ 早速 ベトナム戦に駆り出された。1970年にはCVW-3に移動 1972年に再び10ヶ月余りベトナム戦に参加したが ラインバッカー作戦のこの期間だけで 2機が対空ミサイル もう2機が対空砲火によって撃墜される苦い体験をした。
 1974年に新型のA-7Eに転換、NASセシルフィールドをベースにしていたが VA-105の後を受け 1984年末から翌年7月までの間 岩国のMAG-12にローテーションで配備された為 多くの航空ファンが彼らをGETしている。その後 USSフォレスタルのCVW-7に鞍替えした為 一時は”AE"のレターを付けたが FA-18に転換し再びCVW-3”AC"に戻って 現在はNASオシアナをベースに活躍中である。
 ”BULLS”の部隊名の通り 雄牛のマーキングは、アメリカの証券会社アンダーセンの社章とよく似ており パクリかもしれない・・・失礼!なかなか尾翼にマッチしたすばらしいデザインであり 航空ファンを魅了する存在だ。
1970年後半にマーキングのフルモデルチェンジを行い、大きな牡牛を尾翼に書き込んだ。VA-37の300番 CAG指定機は、A-7Eになっていくつかのマーキングパターンが、存在したが牡牛の角を各飛行隊カラーで並べた塗装である。CAG機は、尾翼に雄牛のシルエットをそのままスケールダウンしたカラーリングを並べていたものもあった。

1970年からその後長く搭載される空母USSサラトガのCVW-3に移動 CVW-3のテールレター”AC”を付けた ハイビジ初期の最も有名なマーキング。1972年には、このサラトガでベトナムの大規模な北爆作戦 ラインバッカーⅡに参加 この飛行隊だけで3機が撃墜され 2名が戦死するなど厳しい洗礼を受けた。

A-7コルセアの為に作られた部隊と言ってよいVA-37、末尾の7は、おそらく創設1967年の7とA-7の7である。この飛行隊が最初に載った空母は、我々にも親しみの深いUSSキティホークであった。1969年には、左側ベトナム戦へ駆り出され ベトナムでテト攻勢以降の巻き返しでの爆撃任務に従事している。1968年11月に北爆が全面禁止になって以降の任務であるため 主たる目標は、南ベトナム内のベトコンおよび侵入した北ベトナム勢力であり 対空砲での反撃は少なかったと思われる。そのため1968-1969の間 飛行隊被撃墜などの被害はなかった。

PHOTO BY H.FUNYU
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