VA-56
VA-56のA-7A時代は、スコードロンカラーのマリンブルーとイエローのストライプを各所に入れていた、上写真のように尾翼のラダーのストライプは、4本。その間に青い星が書き込まれていた。燃料タンクや上写真の給油用のバディーポットにも矢じり型のラインを入れて派手であったが E型に更新された後は、尾翼のブーメランと矢じりだけのあっさりとしたマーキングに変更された。その為 写真を分類する際もA型とE型は、マーキングの違いだけですぐに判別できた。
VA-56のA-7A時代は、背中からレーダー・コーンにかけてラインが入っていた最も美しいカラーリングだった。ラダーもスコードロンカラーと星で飾られ、燃料タンクまで統一されたマーキングは、マニアを充分魅了するものであった。下の白黒写真にある”NF-400”は、ラダーが寂しいが、フルマーキング時代は、フィンチップをCAGカラーで色分けしてあった。1977年からA型に変わりA-7Eになって これらの凝ったマーキングはすっかり取り除かれ 実にシンプルな(本音で言えば寂しい)マーキングになってしまった。

 1956年7月4日にカルフォルニア州ミラマー海軍航空基地で設立されたVA-56は、パンサー、クーガーなど猫シリーズの戦闘機をへて 1958年からA-4スカイホーク戦闘機を受領、1964年から空母タイロンデロガに搭載され ベトナム戦に投入された。それから約10年間A-4を使い続け ベトナム戦を長く戦った飛行隊でもある。A-7Bを受領したのは、1968年で この時載っていた空母は、最新鋭の原子力空母USSエンタープライズであった。ベトナム戦から離れた1973年にA-7Aに交換、B型からA型への変更は、詳しく知らない。ベトナム戦に投入されていた時代 空母ではA型の欠点であったスチームカタパルトから出る水蒸気によるコンプレッサー・インストール対策をしたB型を優先して使用したのであるが のちにA型も対策を施されて空母で使えるようになっていた。。1977年にA-7Eに更新をはかっている。
”チャンプス”の愛称でマニアからも親しまれたVA-56”Champions"は、1956年に設立された比較的新しい部隊であった。部隊ナンバーは、1956年からVA-56となったようである。当初装備したA-4から1968年11月にA-7Aに機種交換し ベトナム戦では18000回以上の出撃回数をこなしている。特にUSSタイロンデロガに搭載されていた1966年2月には、VA-56のA-4含み1ヶ月間に10機の機体と同数のクルーがこの空母だけで失われたほど激烈な戦闘を経験している。この時ベトナムでは、1965年2月に開始されたフレイミング・ダート作戦の延長で 本格的かつ長期にわたる北爆作戦”ローリング・サンダー作戦”が1965年3月から開始されており そのまっただ中でVA-56は戦ったわけである。
 1970年にCVW-5(NF)に移動し VA-93とペアを組んで後に厚木基地をベースとしたため 最も身近なA-7部隊となった。1977年にE型を受領。FA−18Aに機種転換する予定で 確か雑誌でブーメランと矢尻のVA-56のマークをつけたFA−18Aを見たが、結局転換することなく1986年10月に部隊は解隊となった。
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渡辺 明さん撮影のVA-56 A-7A型 Bu,No,153220 A型時代の最もマーキングが凝っていたときのもの。ラダーの塗り分けは E型に変わってから無くなっていった。
Wings

1975年のマーキングは、おそらくVA-56のA-7時代で最も派手な時期だったと思う。機首のレーダーコーンから背中にかけて 青黄のラインが伸び 燃料タンクや 給油用のバディポッドまで矢尻が書き込まれた。空軍のKC-135のように大型の給油機や給油専門部隊を持たない海軍艦載機は、各空母航空団が給油を自前で行うことが多かった。とくに A-6 A-7などの攻撃機飛行隊は、作戦予備機にこうした任務を負わせた。

1973年7月からUSSミッドウェーが横須賀を母港としてため VA-56も厚木基地に駐留するようになり 我々ファンに馴染みの深い部隊となる。機体は、B型からA型にスペックダウンしていたが、この頃のマーキングが上のイラスト。CAG機は、尾翼先端のチップを各飛行隊のSQカラーで塗るわけしていた。”00”の機番が黒で書かれていた時期もある。

1972年からのラインバッカーU作戦開始で 4月からトンキン湾入りしたUSSミッドウェー、VA-56は、この激しい北爆作戦の間 あっという間に4機を失った。この機体(Bu,No154399も1972年11月に対空火器で落されているが、パイロットのロッズバーグ大尉は、救助され生還した。

VA-56は、1969年にA-7Bを受領してほどなくUSSレンジャーからUSSミッドウェーに移動している。CV-41ミッドウェー時代の初期のマーキングは、オレンジと白の帯 1972年からのラインバッカー作戦への参加は、このスタイルであったはずだ。