Wings
VA-94
1971年のVA-94のA-7E マーキング。個人的には、一番好きな塗装であるが、コルセアの配備を受けた翌年には、北ベトナムのハイフォン港の機雷封鎖作戦に出ている。1972年5月から1か月間は、本格的な北爆”ラインバッカーⅠ”に参加した。ちなみにベトナム戦争で撃墜された海軍のA-7A/Eは、計57機と言われている。
1976年頃のVA-94 NL-400番のCAGマーキングである。この姿で厚木基地にも飛来している。A-7Eの配備を1971年に受けてから1977年までUSSコーラルシーに7年も載っていたが、その後 USSキティホークに移動し 1981年までこの艦に載っていたが ずっとCVW-15で”NL”である。
1983年頃の塗装で ロービジの影響を多少受けているが まだまだ派手な部類のマーキングであった。デザイン的には、1977年に厚木に飛来した時のマーキングに回帰している感じだ。
厚木基地では、北風の時タキシングを撮れるチャンスは少なかった。唯一撮影可能だった東側の一角は、機体がランウェイをクロスして 東側のタキシーウェイを利用する時のみで、タキシングを狙うマニアは航空無線(ラジオ)をしっかり聞きながら、この誘導路(タキシーウェイ)を通過することをキャッチすると一目散にここに向かった。但し、草で航空機の車輪が隠れてしまうことが多かったのが難点。今では高い樹木が植えられ全く撮影不能である。北風での上写真のように舞い降りた機体がランウェイの北端まで転がってくれればチャンス。
1979年10月10日に横須賀に寄航、10月14日公開したUSSキティホークの艦上で撮影したVA-94の各機、以前の塗装を一新して、まるで全く違う部隊になったような印象を受けた。この塗装でこの年は沖縄の嘉手納基地にも多数飛来している為、多くのマニアがこのマーキング時代のVA-94の機体をものにしている。この後VA-94のマーキングは、再び1976年時代の物に似た2本の曲線ラインのものに塗り変えられ、尾翼に”百舌”が書かれるようになった。

1979年7月 4機で嘉手納に飛来したVA-94のA-7Eの内 NL-400 CAG機 Bu,No.156836

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VA-94の創設は1952年3月となっているが、VA-94に改称される前の部隊はVB-20と言う番号の攻撃飛行隊で太平洋戦争時代から活躍していた。それは1943年に創設した部隊であるが、遡って言及する理由はこの飛行隊が、ドーントレス、ヘルダイバーと言った往年の名急降下爆撃機を使って太平洋戦争で戦った隊で、何と日本海軍の戦艦武蔵をシブヤン海で撃沈した飛行隊の一つであった為だ。またペリリュー島、パラオ島などをはじめ、多くの激戦地に参加している歴戦の部隊でもある。

1958年A-4Cスカイホークを受領しその翌年に”シュライクス”と言う現在の部隊名になったようだ。1964年には初のベトナム戦参加、翌年のローリングサンダー作戦から本格的に出撃しているが被害も多く、A-4時代だけでも少なくとも5機を撃墜されている。1971年にA-7Eを受領、引き続きベトナム戦に駆り出されここでも3機を失った。それだけ酷使された飛行隊ともいえる。A-7E時代は、マーキングがよく変わる部隊との印象が強く、1975年・1977年・翌78年、その後もマーキングを変えているので見るたびに違う部隊かと勘違いしてしまう。1990年にF/A-18Aに更新され さらにF/A-18Eに更新を終えた。ホームベースはNASリムーアである。(2003/10 記)
1979年頃 マーキングが思い切ったデザインの変更を行い 赤いライン2本に星となる。1979年10月のキティホークCV-63の横須賀寄港の際は、全機この塗装に替わっていた。
1977年8月厚木に飛来したVA-94 A-7E NL-400。VA-94シュライクスのマーキングで一番印象的なのが、上の写真の塗装であるのだが、このマーキングを施していたのは1976年から1977年にかけての僅か1年余りであった。特に、このNL-400番はシンプルながら絵になるデザインでマニア好みと言えよう。