ゴードンと言う酒は、18世紀英国ロンドンで生まれ最古のジントニックだそうで 当時からホッグ(野生のイノシシ)の頭とソーセージがラベルにあったそうだ。創設者のアレキサンダー・ゴードン氏は、ジンの香り付けをするハーブを探して人を魅了するテイストを発明 そのレシピが他社に漏れないよう注意深く後継者に伝えたようで 今でも社内の一部のものしか知らないそうだ。レシピを知っていて この酒を造れる職人は今でも12名しか存在しないらしいが そんなところが英国らしいこだわりのお話である。上の図は、1990年USSフォレスタルに載っていた頃のマーキングで機種にホッグの顔が書かれている珍しいマーキングである。

VF-11

VF-11は、F-14トムキャットの飛行隊の中で A型B型D型の3種類をすべて使った飛行隊で 1980年に最初のA型を受領して 1992年にD型に更新、その後 1996年にF-14B型を受領してバージョンダウンしている。空母フォレスタルが引退するまで フォレスタルかジョンFケネディに載って航海することが多かった。1994年と1996年にカールビンソンのCVW-14に搭載され太平洋方面に進出 横須賀にも寄港しているので 報道関係には94年3月11日公開された。下図は、CVW-14所属時の1994年と1996年のCAGマーキングを再現してみた。

Wings
"MUTHA GRAND SLAM"と尾翼にあるのは、この部隊が栄誉あるMUTHA(最高の海軍戦闘機ヤローの賞)を3度受賞したことを記念したのものである。因みに1992,1994年と2002年がMUTHA獲得の年である。ご存知の通り MUTHAは、公式な賞ではないが これを受賞したF-14スコードロンは、必ずと言っていいほど 自慢げに尾翼にこの文字を入れる。
AG-202 (Bu,No 161418) taxing in NAS Oceana Oct.1999
1999年10月、VF-11の載っていた空母は、ニミッツ級2番艦 USSアイゼンハワー、1998年12月に6か月のパトロールからノーフォークに戻っているので 1999年は、比較的平穏な年だったはずである。しかし 8月にCOMPTUEX その後JTFEXなどの激しい洋上訓練を消化している。
AG-200 (Black modex) Spot in NAS Oceana Oct.1999
VF-11と言うナンバーの飛行隊は、大戦前後にもあったが何度も姿が変わっており 現在のVFA-11につながるのは大戦後にレッドリッパーズとして生まれた飛行隊である。この部隊の事で私の脳裏に焼き付いているのが、大昔 雑誌で見たベトナム戦時代の大事故の写真である。なんの雑誌かは忘れたが(毎日グラフだったかもしれない)、白黒の見開きページに 洋上に浮かぶ空母フォレスタルを後方上空から撮影した甲板の状況が写し出されていた。写真上ではF-4Bを始めA-7など艦載機が甲板でバラバラになっており 焼け焦げた機体の残骸で甲板を埋め尽くし 黒焦げの後部甲板の無残な姿があった、甲板上は盛んに消火活動が行われていた。
 この空母が トンキン湾上のヤンキー・ステーション(北緯17°東経109°)に入って5日目の事故の様子を写した写真であった。1967年7月29日この日2回目の出撃準備に入っていたVF-11のF-4Bの1機に装備されていたロケット弾”ズーニー”が甲板上で暴発しA-4スカイホークに命中、漏れた燃料が横に置いてあった古い型の爆弾を誘発 次々に艦上で誘爆が起こり 死者134人を出す大事故に発展した。VF-11もF-4B5機が全壊し 47人の死者を出している。この事故でCVW-17の80%が損害を受けたと言うから すさまじい事故であったことがわかると思う。このためVF-11は、わずか2日間の出撃で帰国となっている。こんな忌まわしい事故があったことは、今はすっかり忘れ去られてしまったが、空母での火器管制のあり方に大きな1石を投じ 大きな教訓となった事故であった。VF-11は、その後1973年にF-4Jを受領し 1980年にF-14Aに転換したのである。 
第二次大戦終戦後の1950年に創設された部隊でF-4ファントムからF-14への機種転換は、意外に遅く1980年になってからである。ベトナム戦への遠征時期を除き 大西洋方面で任務につくことが長かったため 我々日本の航空ファンはあまり目にすることがなかった。1994年F-14Dに機種交換し4年ほどCVW-14(NK)の傘下に入り 1994年3月にVF-31と共にUSSカールビンソンに搭載されて横須賀に寄港した事がある。そのお蔭で 一部のマニアは、撮影の機会を得ている。「赤い切り裂き魔」と言うのは、猪突猛進し猟師や猟犬に深手を負わす猪(いのしし)の事を指すが、猪マークは、ゴードンと言う酒のラベルから流用したものらしい(このゴードンの猪の頭の下に並ぶ楕円形の物は、いのしし肉で作られたソーセージだそうだ。VF-11のCAG指定機は、しばらく他の飛行隊のように当時流行のブラックテールを採用していなかったが 2000年に遅れながらもその流行に乗って登場させている。
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AG-201 (2002)1
Tail-Marking of AG-201
(75th Anniversary & MUTHA)
2002年部隊創設75年の記念塗装を施されたAG-201、月桂樹で飾られたマークは、201号機のみならず 全機に入れられていた。
AG-200 (2002)
AG-203 (2002)
2000年にいたVF-11200番に2002年再び出会うことになるが、何かどこかが少し違う・・・
 お分かりだろうか 機首上面をグロスブラックに塗った為 以前のものより遥かにすっきりとしたのだ。さらに良く見るとホッグ(猪)の大きさ 赤い電光の書き方など若干違うのが判る。

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AG-200 (2002)
AG-200 (2000)
アメリカ海軍は、RF-8G/RA-5Cの引退に伴い F-14装備の飛行隊に偵察能力を持たせる為 TARPS構想を生み出した。偵察ポットの搭載能力を持ったF-14の運用である。VF-11は、アメリカ海軍F-14飛行隊の中で 最初にTARPS運用能力をもったF-14が配備された飛行隊でもあった。下は2000年に現れたVF-11のブラックテール。(AG-200)
1999年の秋は、その年のハリケーンで3番目に大きなエネルギーを持った”フロイド Floyd”が メキシコ湾からアメリカ東海岸を舐めるように北上したため 各地に大きな被害をもたらした。ここオシアナも台風の影響で 訓練スケジュールに大幅に遅れが生じた。その為 ショー開催日ギリギリまで 訓練を延長して消化していた。
AG-206 in hangar
AG-201 in hangar
1998年のオシアナで 我々の前をタキシーしていくVF-11のF-14A ”AG-200” この後 ”AG-204"続いたが なんとフィルム切れで撮れなかった。尾翼には、USS ジョン C ステニスの艦名 それに尾翼内側には、CVW-7のインシグニア
AG-200 (red modex) taxing in NAS Oceana Oct.1998
メンテナンス・オフィスの壁に描かれた今月の整備責任者(?)の名前
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VF-11のブースにて ポーズを取ってもらったお二人のパイロット。Goodsがいっぱい !!
一度飲んでみよう!
このジントニックやはりRed Rippersの香がします。