VF-11
Wings
アメリカ海軍飛行隊で2番目に創設されたこれも歴史ある部隊である。F-4ファントムからF-14への機種転換は、意外に遅く1980年になってからである。ベトナム戦への遠征時期を除き 大西洋方面で任務につくことが長かったため 我々日本の航空ファンはあまり目にすることがなかったが、一時CVW-14(NK)の傘下に入り 1994年3月にVF-31と共にUSSカールビンソンに搭載されて横須賀に寄港したため 一部のマニアは、撮影の機会を得ている。「赤い切り裂き魔」と言うのは、猪突猛進し猟師や猟犬に深手を負わす猪(いのしし)の事を指すが、猪マークは、ゴードンと言う酒のラベルからパクッてきたものらしい(このゴードンの猪の頭の下に並ぶ楕円形の物は、宍肉で作れたソーセイジだそうだ。VF-11のCAG指定機は、しばらく他の飛行隊のように当時流行のブラックテールを採用していなかったが 2000年に遅れながらもその流行に乗って登場させている。
AG-200 (red modex) taxing in NAS Oceana Oct.1998
AG-200(black modex)
一度飲んでみよう!
Red Rippersの味がします。
AG-206 in hangar
”レッド・リッパ−スが、部隊ナンバーをVF-11としたのは、1948年でそれまで何度もナンバーが変わっている。この部隊で印象が強いのは、大昔 雑誌で見たベトナム戦での大きな事故の写真である。なんの雑誌かは忘れたが(毎日グラフかもしれない)、白黒の見開きページに 洋上に浮かぶ空母フォレスタルを後方上空から撮影した甲板の状況が写し出されていた。F-4Bを始めA-7などがバラバラになったもの 焼け焦げたもので甲板を埋め尽くし無残な姿であった、甲板上は盛んに消火活動が行われていた。
 この空母が トンキン湾上のヤンキー・ステーション(北緯17°東経109°)に入って5日目の事故の様子を写した写真であった。1967年7月29日この日2回目の出撃準備に入っていたVF-11のF-4Bの1機に装備されていたロケット弾”ズーニー”が甲板上で暴発、次々に艦上で誘爆が起こり 死者134人を出す大事故に発展した。VF-11もF-4B5機が全壊し 47人の死者を出している。この事故でCVW-17の80%が損害を受けたと言うから すさまじい事故であったことがわかると思う。このためVF-11は、わずか2日間の出撃で帰国となっている。こんな忌まわしい事故があったことは、今はすっかり忘れ去られてしまったが、空母での火器管制のあり方に大きな1石を投じ 大きな教訓となった事故であった。VF-11は、その後1973年にF-4Jを受領し 1980年にF-14Aに転換したのである。 
アメリカ海軍は、RF-8G/RA-5Cの引退に伴い F-14装備の飛行隊に偵察能力を持たせる為 TARPS構想を生み出した。偵察ポットの搭載能力を持ったF-14の運用である。VF-11は、アメリカ海軍F-14飛行隊の中で 最初にTARPS運用能力をもったF-14が配備された飛行隊でもあった。下は2000年に現れたVF-11のブラックテール。(AG-200)
2002年部隊創設75年の記念塗装を施されたAG-201、月桂樹で飾られたマークは、201号機のみならず 全機に入れられていた。
2000年に見たVF-11の200番に2002年再び出会うことになるが、何かどこかが少し違う・・・
 お分かりだろうか 機首上面をグロスブラックに塗った為 以前のものより遥かにすっきりとしたのだ。さらに良く見るとホッグ(猪)の大きさ 赤い電光の書き方など若干違うのが判る。

         ↓
AG-200 (2002)
AG-200 (2000)
AG-200 (2002)
AG-203 (2002)
AG-201 (2002)1
Tail-Marking of AG-201
(75th Anniversary & MUTHA)
VF-11のブースにて ポーズを取ってもらったお二人のパイロット。Goodsがいっぱい !!
メンテナンス・オフィスの壁に描かれた今月の整備責任者(?)の名前
"MUTHA GRAND SLAM"と尾翼にあるのは、この部隊が栄誉あるMUTHA(最高の海軍戦闘機ヤローの賞)を3度受賞したことを記念してのものである。因みに1992,1994年と2002年が獲得の年である。ご存知の通り MUTHAは、公式な賞ではないが これを受賞したF-14スコードロンは、必ずと言っていいほど 自慢げに尾翼にこの文字を入れる。
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1998年のオシアナで 我々の前をタキシーしていくVF-11のF-14A ”AG-200” この後 ”AG-204"続いたが なんとフィルム切れで撮れなかった。尾翼には、USS ジョン C ステニスの艦名 それに尾翼内側には、CVW-7のインシグニア
AG-201 in hangar
AG-200 (Black modex) Spot in NAS Oceana Oct.1999
1999年の秋は、その年のハリケーンで3番目に大きなエネルギーを持った”フロイド Floyd”が メキシコ湾からアメリカ東海岸を舐めるように北上したため 各地に大きな被害をもたらした。ここオシアナも台風の影響で 訓練スケジュールに大幅に遅れが生じた。その為 ショー開催日ギリギリまで 訓練を延長して消化していた。
1999年10月、VF-11の載っていた空母は、ニミッツ級2番艦 USSアイゼンハワー、1998年12月に6か月のパトロールからノーフォークに戻っているので 1999年は、比較的平穏な年だったはずである。しかし 8月にCOMPTUEX その後JTFEXなどの激しい洋上訓練を消化している。
AG-202 (Bu,No 161418) taxing in NAS Oceana Oct.1999