上と同じく1993年頃のバンシーで髪が黒髪 顔が白色タイプ。この頃から海兵隊のプラウラーは、機首から胴体にかけグレー3色で迷彩が施され 光の反射がしやすい場所は、暗いグレーで反射を抑制している。EA-6B Bu.No.159907

1993年尾翼のバンシーは、デザインが変わり横顔が尾翼レードームに書かれるようになった。1994年千歳の航空祭に展示された同一マーキングのEA-6Bは、 Bu.No.158036であり 赤髪のバンシーは、この他にBu.No.162230 Bu.No.161882  Bu.No.161779(CB-00  2000)などが、確認されている。イラストのEA-6B Bu.No.158640は、19935月カナダのハミルトン空港で確認された機体で、尾翼ビューアルナンバーの行間が広く取られた書き方で珍しい

1992VMAQ-1の新塗装として日本での各地航空祭にも展示された機体で、全体をグレー一色で塗られ、隊長機CB-01だけは、インシグニアをフルカラーで尾翼に描いていた。EA-6B  Bu.No.158040

旧VMAQ-2の分遣隊 Det-Xが1992年7月に独立した部隊VMAQ-1となったものである。”バンシー”は、アイルランドの神話に出てくる”死の前兆をしめす妖精”らしい。敵のレーダーサイトとミサイル防衛システムに致命傷を与えれば、相手は座して死を待つのみと言う解釈を当てはめれば、彼らの役割に合致している面白いネーミングである。1996年5月には ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に伴い イタリアのアビアナ基地に展開、作戦に参加している。海兵隊の4つの電子戦飛行隊の中で EA-6Bが数を減らしていく中 最後は教育飛行隊として転換し 海兵プラウラーの引退を見送った部隊である。
 バンシーの絵柄は、時代と共に変化してその変遷を見るだけでも面白い。ラダーに書き込まれたり、その後は垂直尾翼のレードームに大書きされるようになったり、目の色だけ変えるなどの数多いマーキング例があり それだけでも楽しめる飛行隊であった。。

2007年中東に派遣されアル・アサド基地で確認されたCB-00のマーキング。砂漠における任務で塗装がはがれかなり補修の跡が目立つ。バンシーの目は赤である。EA-6B  ICAP-UBu.No.158540

泣き女という商売が、世界中にあった。むろん欧州でも古くから大きな葬式があれば泣き女を呼び金を出して悲しみを演出させた。今でもアジアの各国にこう言う職業の女性がたくさんいる。男ではダメなのである、やはり 女性がシトシトと涙を流して死者を送る儀式を盛り上げるのだ。職業であるから情報は速い、今度はどこの町の誰さんが死が近い・・・とか。人の死が金儲けと結ばれてしまうのでそうなる。すると「死を予告する女」というレッテルが張られ 次第に怖い昔話や怪談として後世に伝えられる。バンシーも恐らくそうやって作られた妖精なのだ。

Wings
 Open-Houseにて彼ら自身が販売していた写真。小遣い稼ぎの為に様々な工夫を凝らす。私も買ってしまったカモの一人である。

2002年ミラマーのオープンハウスで展示された新マーキング、バンシーの目が黄色となっているが、所属機によって色が異なっていた。2004年には、岩国に駐留このマーキングで三沢基地など日本国内でも見ることができた。EA-6B Bu.No.160432

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同じく20062007年頃 全米各地のショーで展示された赤い尾翼のショーバードプラウラー。2006年ウィローグローブ海軍基地で展示された機体は、Modex が「04」、その翌年「01」に変更されたようで 両者の写真が残っている。EA-6B Bu.No.161242