2009年11月から 岩国基地内で塗装された新バージョン 星条旗が拡大されて たなびく感じを出すために見事なのグラジュエーションを使っている。過去最高のセンスと言える作品と私は思う。。この塗装人気があったためか 機体が変わっても数年にわたり継承されてきたので 少なくともVE-201を継承した複数機に書かれている。上イラストは、2013年のVMFA-115  F/A-18A++ Bu.No.163168  
VMFA-115は、ベトナム戦争をはさんで長期に岩国に駐留していたため 部隊がファントムを使っていた時期は、日本のマニアにはなじみの深い部隊であった。しかし 私個人的には、この部隊との縁が薄いのか あまり撮影の機会に恵まれなかった。

 1977年だったと思うが、写真撮影の為いつものように横浜から相鉄線に乗り 相模大塚の駅に着く前に車両の窓越しから厚木基地のエプロンを覗いた。電車はまだ減速前であり車窓からエプロンが見えるのはほんのわずかな時間に過ぎないが、「今日は何が飛来しているか」と”その一瞬”をいつも期待を込めて見るのが習慣になっていた。その日 その一瞬に目に飛び込んできたのは、海兵隊の2機のF-4J!!しかも尾翼を3色に塗り分けた建国200周年記念塗装のVMFA-115のF-4Jがいるのが目に飛び込んできた時の興奮は、今でも忘れられない。それが航空雑誌で見たバイセンティニアルのVE-000であることは1目瞭然で すでにACLを点滅させ今にでも離陸するのではないかと気がきではなかった。撮影ポイントまで猛Dashで走って向かったのが昨日の事のように鮮明だ。幸い2機のF-4Jの離陸までには間にあった。この2機は、ローカルフライトで 再び厚木に戻ってくれたため お墓でタキシングも撮れ それから1週間ぐらいは幸せな気分だった。この気持ち マニアでなければ理解できないだろう。

 FA-18Aに機種更新してからは、F-4J時代以上に撮影の機会に恵まれているものの F-4Jを撮影出来たあの日の興奮は何故か蘇る事がない。

2004年頃のもう一つの絵柄がおそらく上のパターンで 鷲が黒っぽく描かれ 足で星条旗を掴みながらダイブする姿である。パイロットネームの鷲の絵柄も若干異なっている。また インテークの星の数が9個から13個に増えている点も異なる。VMFA-115 F/A-18A+ Bu.No.163133VMFA-115

2006年頃のVE-201 空母への派遣部隊としてほとんど固定されているため MODEXは、200番台。以前の基本デザインを踏襲しているが 星条旗は、微妙に毎回デザイン変更される。2006年7月に部隊は、岩国に配備されているが 日本に到着した時は、このマーキングは書かれていなかったのか、あまり写真がない。VMFA-115のVE200は、F/A-18A+ Bu.No163133である。

2007年から2008年にかけて施されていたVE-201のマーキングで この写真の撮影は、2008年。この写真撮影時はたまたまテールコードが描かれていないが、通常は”VE”と書かれていたはずである。VMFA-115 F/A-18A+ Bu.No.163140

2013年中東のバーレーンの配備され 翌年に再び岩国に移動している。この時岩国でも確認された黒の塗装タイプ 上の星条旗の機体と同時に存在してVMFA-115は、華やかのラインナップを誇った。ビューアルナンバーも星条旗タイプと一つ違いである。F/A-18A++ Bu.No.163167

(1999)
(1999)
(1999)
(1994)
(1995)
Old Insignia in WW-U
Wings
F-4J
朝、離陸して行った2機のF-4Jは、小一時間で再び厚木に着陸、風向きはR/W01の為ランウェイのエンドまでタクシングしてくれないと撮れないが 運よく2機ともエンドまで来てくれた。この時は、白黒フィルムを外してわざわざコダックのネガカラーで撮影した。
VMFA-115は、VMF-115として1946年にカルフォルニア州サンタバーバラで 生まれている。太平洋戦争ではF4U-1コルセアを使用して フィリピン方面を舞台に活躍した。その後 朝鮮戦争 ベトナム戦争と大きな戦場にはすべて参加している。特にベトナム戦では、34000回以上の出撃回数を記録し 14機を戦闘で失っており パイロットも21名が戦死しているなど 最も酷使された部隊の1つであろう。当時は”Able Eagles”と呼ばれていたらしいが、この活躍で多くの賞を受賞している。1977年7月に本国のMCAS Beaufortに本拠地を移している。
VMFA-115がテールレターを”VE”にしたのは1957年、それまでは”AE”をつかっていた。F4D-1を使用していた1958年ごろに台湾海峡の金門島 馬祖で大陸中共と台湾との間の紛争が勃発 VMFA-115は、台湾からの補給路を防衛する役割を負っていた。
HOME
NEXT
click here
(2008)
VMFA-115
VMFA-115は、2002年から2004年にかけて空母トルーマンに載って何度か航海に出ている。この頃は、イラクフリーダム作戦への参加となるが、上のマーキングは、2004年 CVW-3の傘下で”AC”のレターをつけ 尾翼に星条旗を描いたVE-200である。マーキングがこの他もう1種パターンが異なるものがあった。F/A-18A+ Bu.No.163133 
FA-18A/C
VMFA-115は、20年以上使用したF-4から 1985年8月FA-18Aに機種を更新している。
FA-18Aになって初めて岩国に飛来したのは、1988年である。
VE-13/05
VE-12
VE-13
VE-00
VE-00
VE-12
VE-00 T/D
VE-05 T/D
VE-08 T/D
VE-02 T/O
VE-02
1993年浜松基地OHに行った我々は、毎年のようにランウェイと平行した道路での展示機の帰投を撮影していた。その中でとんでもなく派手なテイク・オフをして行ったVMFA-115のパイロットが、右の彼である。FA-18A(VE-02)は、地べたを這うような低いT/Oから 一気に左にブレーク!その後ハイレート・クライムと言う予想しないコースで飛んでくれた為 全くひどい写真になってしまった。(自分の腕の悪いのを棚に置いて・・・)          →
1990年から3年ぶりに来日したVMFA-115は、この年1993年7月から1994年1月まで岩国に駐留していた。
You are good job ! !
in Hamamatu AB 1993
最近 VMFA-115とは再び縁が薄くなり・・・と言うかほとんと縁が無いが 2009年フニュフニュ君が 三沢で撮影してくれた”VE-204”をUPしましょう。2009年9月に岩国に久々に訪れたFA-18A+、機首下面には、擬似コックピットが書かれ センタータンクには、”SILVER EAGLES"の部隊名 最近は毎回 来日するたびに少しづつ派手なマーキングになってくれているので うれしい存在である。2009年10月16日撮影