VMFA-115
Wings
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F-4J
FA-18A/C
VMFA-115は、ベトナム戦争をはさんで長期に岩国に駐留していたため 日本では比較的撮影の機会に恵まれていた部隊であったが、私にとっては あまり撮影の機会に恵まれない貴重な存在だった。ある日 いつものように横浜から相鉄線に乗り 相模大塚の駅に着く前に車両の窓越しから厚木基地のエプロンを覗いた。電車はまだ減速前でありエプロンが見えるのは一瞬に過ぎないが、「今日は何が来ているか」とその一瞬にいつも期待を込めて見るのが習慣になっていた。そのエプロンに尾翼を3色に塗り分けたVMFA-115のF-4を発見したときの興奮は、今でも忘れられない。それがバイセンティニアルのVMFA-115(VE-000)であることは1目瞭然で 今にでも上がるのではないかと気がきではなく 撮影ポイントまで猛Dashで向かった。幸い2機のF-4Jの離陸には間にあった。この2機は 再び厚木に戻ってくれたため お墓でタキシングも撮れ それから1週間ぐらいは幸せな気分だった。この気持ち マニアでなければ理解できないだろう。
 FA-18Aに機種更新してからは、F-4J時代以上に撮影の機会に恵まれているものの あの当時の興奮は 何故か蘇る事がない。
VMFA-115は、VMF-115として1946年にカルフォルニア州サンタバーバラで 生まれている。太平洋戦争ではF4U-1コルセアを使用して フィリピン方面を舞台に活躍した。その後 朝鮮戦争 ベトナム戦争と大きな戦場にはすべて参加している。特にベトナム戦では、34000回以上の出撃回数を記録し 14機を戦闘で失っており パイロットも21名が戦死しているなど 最も酷使された部隊の1つであろう。当時は”Able Eagles”と呼ばれていたらしいが、この活躍で多くの賞を受賞している。1977年7月に本国のMCAS Beaufortに本拠地を移している。
VMFA-115は、20年以上使用したF-4から 1985年8月FA-18Aに機種を更新している。
FA-18Aになって初めて岩国に飛来したのは、1988年である。
(1999)
(1999)
(1999)
(1994)
(1995)
VE-13/05
VE-12
VE-13
VE-00
VE-00
VE-12
VE-00 T/D
VE-05 T/D
VE-08 T/D
VE-02 T/O
VE-02
1993年浜松基地OHに行った我々は、毎年のようにランウェイと平行した道路での展示機の帰投を撮影していた。その中でとんでもなく派手なテイク・オフをして行ったVMFA-115のパイロットが、右の彼である。FA-18A(VE-02)は、地べたを這うような低いT/Oから 一気に左にブレーク!その後ハイレート・クライムと言う予想しないコースで飛んでくれた為 全くひどい写真になってしまった。(自分の腕の悪いのを棚に置きました・・)          →
1990年から3年ぶりに来日したVMFA-115は、この年1993年7月から1994年1月まで岩国に駐留していた。
You are good job ! !
in Hamamatu AB 1993
VMFA-115がテールレターを”VE”にしたのは1957年、それまでは”AE”をつかっていた。F4D-1を使用していた1958年ごろに台湾海峡の金門島 馬祖で大陸中共と台湾との間の紛争が勃発 VMFA-115は、台湾からの補給路を防衛する役割を負っていた。
最近 VMFA-115には、とんと縁が無いが 2009年フニュフニュ君が 三沢で撮影してくれた”VE-204”をUPしましょう。2009年9月に岩国に久々に訪れたFA-18A+、機首下面には、擬似コックピットが書かれ センタータンクには、”SILVER EAGLES"の部隊名 最近は毎回 来日するたびに少しづつ派手なマーキングになってくれているので うれしい存在である。2009年10月16日撮影
2002年から2003年にかけて 空母トルーマンに載って航海に出た際 CVW-3の傘下で”AC”のレターをつけ 尾翼に星条旗を描いたVE-200, マーキングがこの外もう1種パターンが異なるものがあった。 
2009年11月から 岩国基地内で塗装された新バージョン 星条旗が拡大されて たなびく感じを出すために 上手く光のグラジュエーションを使っている。過去最高のセンスと言える作品?となった。 
2006年頃のVE-201 空母への派遣部隊としてほとんど固定されているため MODEXは、200番台。以前の基本デザインを踏襲しているが 星条旗は、微妙に毎回デザイン変更される。
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Old Insignia in WW-U
(2008)
朝離陸して言った2機のF-4Jは、数十分後再び厚木に着陸、R/W01の為ランウェイエンドまでタクシングしてくれないと撮れないが 運よく2機ともエンドまで来てくれた。この時は、白黒フィルムを外してわざわざコダックのネガカラーで撮影した。