VMFA-312
Wings
F-4J/S
FA-18A
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
VMFA-312は、その名前のごとく尾翼を白黒のチェッカーで飾っていたが、特にF-4B/N時代はチェックのストレーキが尾翼前縁まで伸びており上下のトリムラインはイエローとレッドで飾った。このトリムラインはFA-18になって再びよみがえっている。
1979年にF-4Jとなって日本に初飛来した際のVMFA-312のマーキング。グレーのロービジがこの部隊にも影を落とし チェックはグレーの地に黒で書き込まれた。チェックの肌理は細かくなり 以前のような大胆さは感じられない。
1976年前後と思われるがJ型を使用していた頃 最も派手だったVMFA-312のマーキング、尾翼はそれまでのトリムラインの赤/黄で大胆に塗りわけし 胴体にもチェッカーラインが入った。チェックの大きいタイプと細かく書かれたタイプもあったようだ。
VMFA-312は、まるで標的の曳航でも専門に請け負っていた部隊のようなネーミングとマーキングの部隊である。VMFA-312は、1966年にビューフォートで設立され F-8クルセダー時代は日本にも訪れているが 1979年の夏にF-4Jを装備して初めて岩国に駐留した。それまでは雑誌の中でしか拝見できなかった部隊であったが、嘉手納に初飛来した時の興奮は今でも忘れない。下の写真で R/W23Rにフォーメーションでタッチダウンしているのが それである。従来VMFA-312は、チェッカーボードの部隊名の通り 白黒のチェックを大きく尾翼に描いていたものの この頃から主流になり始めたロービジ塗装の影響を受け グレーの機体に細かい黒のチェックを入れての登場であったが 嘉手納を訪れていたマニア諸氏は、一様に感激してシャッターを切ったものである。この後 S型になってからも岩国に駐留しているが、チェックはグレーの濃淡と益々醜くなっていた。VMFA-312は 1987年にFA-18Aホーネットに更新し 再び岩国を訪れた時 昔の忘れ去られていた赤と黄のトリムラインが復活しているのには驚いたのもである。
Marking of 1971'CheckerBoards
Marking of 1975'CheckerBoards
Marking of 1979'CheckerBoards
(2006)
Insignia of VMFA-312
2007年12月、今年は海外遠征1度も無く 帰国時数回OHに行っただけであったので 最後の帰国休暇を那覇のエア・フェスティバルに行くこととした。那覇基地には 過去何度も訪問しているが 航空自衛隊のOHに行くのは これが初めてなのだ。12月7日に帰国して 翌日那覇まで飛び 日曜日にOHを楽しんで 月火は、嘉手納での撮影を予定した。多くの友人が 那覇のOHにあわせて沖縄に来ていたので 月曜日の嘉手納も空母入港時の厚木のような賑わいとなっていた。しかも 友人からマリーンのF-18 3飛行隊が先週まで訓練をやっていて まだ嘉手納にいるとの情報 2000年以降3回目の嘉手納であるが 前回も海兵隊機に恵まれていなかったし 三沢でも海兵隊機には見放されていたので 正直期待をせずに嘉手納に向かった。朝は早くなければいけない、7時半には嘉手納着 まず いつもの丘に上がり嘉手納を展望、「うむ 2度目の飛行停止となったF-15は、静かにハンガーでお休み中であるが エプロンには多数の海兵隊機が駐機しており なにやら整備員も出ている。少し期待に胸を膨らませて エプロンを注視、あれ F-18の数機はJDAMをぶら下げているではないか、「これは しめたものだ、今週も訓練するぞ。」 しかも ハリアーまでいるではないか!早速 可愛いEOSーKissに300o(2,8)つけて RW23側に上がりを撮りに向かう。VMFA-312は、最近 ほとんどお目にかかっていない飛行隊であったから 今回 飛来していたホーネット御三家(DR・VW・WD)の中で 一番うれしかった部隊である。(2007/12/25記)
Dec.7 2007 Kadena AB
何せ KR-64時代は、(白黒時代含み) 嘉手納で馬鹿高いテイク・オフなんて撮ろうとも考えなかったが デジカメ君は300oに1.4のテレコム付けたら 何と630mm相当の超望遠に早代わりである。早速チャレンジして見ることとした。効果はまずまず・・・この機体は、比較的低い離陸で反対側のJDAMが見えない。
VMFA-312 DR-203 こいつは、爆装の状況が分かる。何とJDAMの実弾付けてますな。
KR-64などのスライドフィルムでは よっぽど光線状態が良くないとF-18の尾翼の下に書かれたシリアルナンバーなんてほとんど読み取れなかったが デジカメに変えたとたん こんなテイク・オフでもしっかり読み取れるのである。古い人間は今さらながら 技術の進歩に脱帽なのだ。この日 テイク・オフを1/500で撮影していたが 大先輩のW氏が、「N.O.B君 デジカメだったら 1/1000ぐらいで撮影したほうがいいよ」とアドバイスしてくれた。KR-64時代は、天気が悪いと1/125でテイク・オフも撮っていた私であるが カメラの自動化がここまで進むと 飛行機を効率よく撮るのも腕より情報のほうがよっぽど重要である。優れたレーダーを持たなかったため敗れた旧日本海軍の艦艇になった気持ちである。
上のVMFA-312 FA-18C 2機は、スネークアイ誘導爆弾(これも実弾)をつけてテイクオフしていった機体。スネークアイを付けている左翼には誘導弾をコントロールするLANTIRNらしき誘導用のPODもぶら下げており 右翼の増装タンクでバランスをとっている。
163129(DR-200)
163165(DR-203)
163161(DR-202)
163132(DR-201)
163176(DR-204)
163174(DR-207)
163124(DR-210)
163438(DR-211)
VMFA-312の初来日は、1990年7月でホーネットの部隊にしては目面しく所属機全機の尾翼にカラーマーキングが施されていた。カラーと言っても グレー色の混じった赤と黄色の2色の薄いラインである。嘗てのトリムラインを構成していた2色であるが こうした色を全機に施している部隊は、実に珍しいのである。VMFA-312の岩国への配備が実に少なく 1990年以来ず〜〜と・・日本で姿を見ることはなかった、その後15年ぶりの2005年7月に岩国に駐留し 翌々年2007年9月に再び岩国配備となるなど ここ最近漸く親しみの増してきた(?)部隊となった。 
2009年に登場したVMFA-312”AC-200”の最新塗装、1970年代のF-4時代を彷彿させる派手ないでたちで タンクにもチェッカーとスコードロンネームが記入されている。エンジンインテークにもチェッカー入りと言う徹底したマーキングである。ちょっとゴテゴテ・・?
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