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1991年の湾岸戦争は、まだ皆さんのご記憶に新しいと思う。1990年8月2日イラク軍6万が突然クウェートに侵攻、領土の併合を目指したことから始まるわけだが、8月から翌年1991年1月までの間約5ヶ月半、イラクに対する撤退の要求と反攻への準備が進められ、遂に1991年1月17日に湾岸戦争反攻の火蓋が切られた訳である。海兵隊はFA-18の飛行隊を6個も湾岸戦争に投入したが、その一つがこのVMFA-314で、当時、MAW-3エルトロ海兵隊基地からの派遣であった。同じエルトロのMAW-3からは、VMFA(AW)-121”グリーンナイツ”も参戦している。6個もの飛行隊が1度に投入されたため、湾岸戦争の間は岩国へのローテーションがストップした。
VMFA-314は、1991年1月16日からイラクに展開。3月までの間 海軍・海兵隊のどの飛行隊よりも多い出撃回数を記録したと言われる。彼らの任務は、航空援護/Migにたいするインターセプト/地上攻撃等で、814ソティ/1500時間を超える作戦時間を誇った。この間、一機の損害もなかったのは幸いである。(2007年12月 記)
↑ VMFA-314がF/A-18Aを受領した頃のマーキングで、初期のストレーキ下、ジェットインテークの手前まで、ミディアムグレーをスプレーしていた迷彩パターンの時代。薄く書かれたVMFA-314のランサーとVWのテールコードが唯一所属部隊が判る手がかりである。F/A-18AVW-09//Bu.No.161717
↑ 1989年6月の横田基地航空祭に展示されたVMFA-314のFA-18A/VW-15
↑ 当時公開された自衛隊側エプロンから見えた海兵隊エプロンに並ぶ航空機の列線、当時まだA-4Mが現役で飛んでいたようだ。
FA-18A/VW-03/Bu.No.162469
FA-18A/VW-00/Bu.No.????
2006年に私のフォーカスに納まってくれたVMFA-314のパイロット、左の初来日のパイロットを撮影した頃は、彼は未だよちよち歩きの子供だったはずだ。
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FA-18A/VW-15/Bu.No.162466
↑ 上の2枚の写真は1989年1月にアメリカ本国の基地で撮影されたものであるが、場所は不明。胴体上部には部隊のマークであるランサーとナイトの兜が書かれているが、極めて薄いライトグレーを使っており、遠くから読み取れるのは"VW"のテールレターだけである。
FA-18A/VW-14/Bu.No.163128
↑ 1989年9月に開催された岩国基地の自衛隊側主催の一般公開・・・当時は岩国基地ちびっこヤング大会と呼ばれていたと思う。この航空祭には多少の海兵隊機が参加するので、当時島根県で仕事をしていた私は、家族と共に訪問し、VMFA-314の機体を始めて撮影した。
(2006)
(1989)
(1989)
FA-18A