VRC-30

地味な役割ではあるが、艦隊に対する物流支援として無くてはならない存在である。VRC-30は、1943年6月VR-5という名称でシアトルの海軍基地で生まれ、海軍全般の輸送任務を負っていた。創設当初 ダグラスR-4Dスカイトレイン、R-5Dスカイマスターなど輸送機としての往年の名機が配備されていたようだ。1948年以降 アメリカ太平洋艦隊の艦隊物流支援航空団の指揮下に入り 艦隊への物資輸送を主任務とするようになった。1957年にVR-5は解散し VR-21と名前を変えた。1958年にノースアイランドに分遣隊を置いたVR-21は、空母ヨークタウン(CV-10)で直接空母に荷物や人員を運ぶCOD任務を開始した。”COD”と言うのは、Carrier Onboard Dekivery の略である。

1966年 VR-21の厚木分遣隊が「VRC-50」となり アラメダ分遣隊が「VR-30」となって分割された。かつて我々厚木のマニアの身近にいたVRC-50もこうして生まれた兄弟飛行隊であったのだ。VR-30の方はアポロ計画での海上でのユニット回収、要人輸送業務など幅広い業務を行い、それに伴い機材もCT-39セイバーライナーア等を導入。1973年には海軍として初めて C-9B4機を配備した。海軍初の女性パイロット バーバラ・アレン中尉はこの部隊に配属された。
 VRC-30と言う今の形になったのは、1978年でVR-30の解体と同時にC-2Aグレイハウンドを受領して VRC-30に名称変更となったものである。(2021/5 記)

2017年3月17日 久々に厚木で撮影したC-2A、CVW-5などのインシグニアを書き込んで 今まで以上に派手な井出達である。旭日旗が半分黒で隠れているが、サンダウナーではないよね・・・怒

1997年7月 横須賀に入港したUSSコンステレーションの甲板上のC-2A ”NE-32”
(2010)
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Wings
Apr.2007
Det-5に流行している日章旗を模ったテールマーキング、米軍は、旭日旗がとってもお気に入りである。実は 旭日旗のデザインは、考案された時より世界的に評価の高いデザインであったのだ。
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Apr.2010