FA-18C
↑ 明石市在住のベテラン写真家White Bearさんが、2009年3月佐世保に寄港したUSS ジョン・C・ステニスを撮影に行かれた際、艦上に駐機していたVFA-147のFA-18C。貴重な艦載機のしかもCAG指定機である。3月3日撮影
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ベトナム戦たけなわの頃、空母打撃群の攻撃力を高めるため多くのA-7コルセア攻撃機中隊が創設された。しかし冷戦終了後は飛行隊の数が大幅に縮小されると共に、軍縮で生き残った攻撃飛行隊も次世代機に取り替わっていった。VA-147も軍縮時代を生き残り、A-7Eとして1988年のソウルオリンピックの周辺警戒任務を最後に1989年FA-18Cに機体交換をした。今までの攻撃専門部隊から制空戦闘機の役割も負えるFA-18Cを受領したことから部隊名もVFA-147に変更された。このFA-18Cは特に夜間任務での機能強化が図られた型だそうだ。
さて、A-7Eの頃は度々厚木基地に飛来したVA-147だったが、FA−18になってからは、恐らく海軍航空隊の基地であった厚木基地に一度も飛来していないのではないだろうか・・・縁が薄くなってしまった。
2001年9月11日に発生した同時多発テロ後、発動された”ノーブル・イーグル1”作戦は、アフガニスタンのタリバンとアルカイダに対する報復作戦であったが、VFA-147はこれに参加し空母ジョン・C・ステニスから 多くの出撃を繰り返した。この功績により”バトルE”賞を受賞している。
部隊は、2007年にFA-18Eに機種交換をし さらに2018年には、アメリカ海軍で最初のF-35C(艦載型)の実戦部隊として空母カールビンソンで活躍している。(2021年4月 記)。
↑ USSジョン・C・ステニス甲板上に駐機するVFA-147のFA-18E/NG-402/403。その向こうには、少し前まで厚木基地にいたVF-154
ブラックナイツのFA-18Fも見える。黒と赤の尾翼はVFA-154のCAG指定機であろう。彼らのF-14A時代が懐かしい。
↑ VFA-147は、2007年にC型からFA-18E型へ機種転換を行い、この航海はE型での2年目に当たる。次ページでもご紹介するが、この佐世保寄港直後の航海訓練と思われる3月初旬に、演習中天候の悪化で上のNG-407号機が沖縄嘉手納基地に緊急着陸している。
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↑ 甲板に駐機するFA-18E,機体には何本ものチェーンが機体をがっしりと固定しているのが判る。最近は機体の大型化に伴い大型原子力空母に積載できる機数は以前の90機前後から70数機まで少なくなってきたが、それでも多くの機体が格納庫には収めきらず、甲板にこうして固定されて移動する。奥に見えるのは海兵隊航空部隊からの応援で艦載されたVMFA-323のFA-18Cである。
Attack Squadron 147 was officially redesignated as Strike Fighter Squadron 147 (VFA 147) on 20 July, 1989 The first FA-18C arrived on 6 December 1989. A
complete transition to state-of-the-art technology resulted in new tools, newly
graduated technicians, and 11 new LOT XII aircraft to commence integrated
warfare training. The Argonauts were the FIRST squadron to
receive the new Lot XII "Night Attack" Hornets
上の説明のようにVA-147は、1989年にVFA-147に部隊名変更を行い同時にFA-18Cの夜間攻撃対応型の新型ホーネットを受領している。FA-18C時代は、2003年4月にUSSカールビンソンが西太平洋航海時に嘉手納基地にこの部隊を含め飛来しているが、私には全く縁のなかったVFA-147。FA-18Eに機種交換してから偶然撮影する機会を得た。2009年3月9日14:40 付近を航海していた原子力空母USSジョン・C・ステニスから飛び立ちエマージェンシーで嘉手納に着陸、生憎大雨の中という写真にならない状況の中、何とか証拠写真を残せた。ちなみにVFA-147がFA-18Eに機種交換をしたのは2007年10月からで翌2008年2月に完了している。.
photo by okinawanobito