1977年までEA-6Aの分遣隊が岩国に配備され、USSミッドウェイの艦載機の電子戦を担当していた。岩国配備されたのプラウラーも3つの分遣隊(Det)に分かれ日本に飛来したが、この白黒のマーキングが撮影できた時期は1年ぐらいの短い間であった。「CY」のレターが尾翼に大きく書かれていた時期は短く、1980年代には形も変え小さく書かれるようになる。EA-6B Bu.No.160706
同じく1981年時のマーキングで この年レッドフラッグに参加した3機(Bu.No.160437,160786,160705)1機である。レーダーコーンの濃淡の色分けが変わっている。③の機体とともに尾翼の「CY」の文字は、当初のものから変更され この時の変更デザインが後々まで継承される。この機体 機首下面の左右に何かのインシグニアを入れているが、何処のインシグニアかは判明できない。EA-6B Bu.No.160705
VMAQ-2には、DetX,Y,Zの3つの分遣隊があり 夫々ローテーションで派遣されていたが、1992年7月1日にこれらの分遣隊が独立した飛行隊に分割され 別々の飛行隊名や愛称が決められて日本に飛来することになり、我々航空ファンは、新たな海兵隊のプラウラー部隊が撮れると喜んだ。厚木OHなどで関係者に新たに分割された各飛行隊の部隊ネームやどのようなローテーションで派遣されるかなど聞きまくり 情報交換などした。Det-YはVMAQ-2となり そのままネームも引き継いだので”Playboys"となったが、その後 アメリカ海軍内で大騒動となった”テールフック事件”の影響をまともに受けたのが、この部隊だった。
尾翼の上部が大きく膨らんでいるのは、敵レーダー波を捉えるセンサー機能であるALR-42アンテナが収納されている部分。同じく尾翼の左右面其々2か所の流線型の突起があるが、そこも低周波用受信アンテナである。戦場では敵レーダーサイトも秘匿と安全の為、周波数帯を度々変えながら運用するので、それらの電波をいち早く検知分析し、適切な周波数で妨害電波を繰り出すのが翼下のALQ-99だ。
Wings
プレイボーイ誌は、ご存知ヒュー・へフナー氏が1953年に発行した雑誌でふんだんにヌードを入れたグラビアとボリュームの有る記事で人気を博した。私が、小学生の頃 親父は買ったのか 貰ったのかわからないが、英語ばかりのプレーボーイ誌を毎月持って帰ってきたので 家の中にこの雑誌が積まれていた。思春期前であったが、雑誌の白人のヌード写真に反応していた自分を思い出す。ドイツ系アメリカ人ヘフナーさん とても商売上手で プレイメイトなどのヌードモデルの組織を作り上げ 雑誌の宣伝でも 自らプレイメイトと盛り上げるものだから 女性の地位向上を目指す組織団体からは、長い間白い目で見られてきた存在でもあった。バニーは、ヘフナーが展開したナイトクラブのホステスのウサギちゃんファッションであり、この雑誌のマークなのである。
翼下に懸架されているジャミングポッドALQ-99には、低周波から高周波にまでバンド数の異なる4種類のものが開発され、ソ連のレーダーが使う全ての周波数領域で妨害が出来るように考慮されていた。。
1977年に海兵隊航空として初めてEA-6Bプラウらーを受領して 訓練飛行を開始した時期の塗装で 完全にRF-4BからEA-6Aを経て継承されたプレイボーイのマーキングを採用。「000」は司令官指定機として位置づけられた機体である。時期により同一機体でドローグ給油口やインテークを黒く塗った異なるマーキングがある。EA-6B Bu.No.160432
EA-6B
1981年 原子力空母ニミッツに派遣されたVMAQ-2の分遣隊Det-Y EA-6B Bu.No.1607881981年はキャノピーのオールブラックは廃止され ロービジを多少意識したマーキングに換えられた。空母での運用を始めた関係で 機首レーダーコーンには、着艦時A-6との見分けをつけるため十字のマークが入っている。1981年VMAQ-2は、USS Nimitz甲板上で多数の死傷者を出す大きな事故を起こし 3名の乗員とともにEA-6B/ Bu.No.159910を失った。
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