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ガラガラヘビが何故VMFA-323のニックネームの由来となったかであるが、彼らVMFA-323が1943年8月にチェリーポイント海兵隊基地で創設された際、3人の中尉が屋外で狩ったガラガラヘビが事務所内に吊るされた事から、敵に対する脅威となるようこの蛇の尾っぽの警告音をニックネームにしようという事になったらしい。丁度 太平洋戦争で彼らが使用したF4U-1コルセア戦闘機は日本軍からも「笛を吹く死」と恐れられていたらしい。ベトナム戦で数々の戦功を上げたVMFA-323も本国に帰還後の1969年3月第一海兵航空団の傘下から第三海兵航空団の作戦指揮下に入り、一時的に部隊の縮小を経験、将校2名と下士官22名の構成になったが、1970年2月に新たな航空機材と人員を受け取って1970年12月までには、将校57名 下士官210名 F-4Bファントム戦闘機15機体制が復活し、再び激しい訓練が行われるようになった。1974年頃にはB型からN型に更新されている。
↑ 1975年8月 当時の海軍航空基地ミラマーで撮影されたVMFA-323のF-4N/WS-6。N型に更新されてからのレーダーコーンの塗装は3色分割である。
↑ 1975年8月同隊の本拠地であったカルフォルニア州エルトロ海兵隊基地で撮影されたVMFA-323のF-4N/WS-9
↑ 1973年F-4Bを使用した最後の年と考えられる時期に施されていたマーキングで、スカルにまとわりつくガラガラヘビを胴体中央に描いていた。テールレターは斜文字ではなく、また尾翼のダイヤモンドも数が増え、水平尾翼のダイヤモンドは5個になった。F-4B/WS-3/Bu.No.152284
↑ 1974年F-4Nに改造された機体で、マーキングもベトナム戦当時のマスコットが胴体後部に復活している、但しガラガラ蛇のデザインは多少変わっており、其の頭は下方を威嚇している。胴体のダイヤモンドラインとコックピット後方のラインも同じデザインで統一されていた、恐らく一番派手だった時期がこのマーキングの頃である。F-4N/WS-1/Bu.No.152288
↑ 上の2枚の写真は、1978年の6月にバックレイ空軍基地で撮影されたVMFA-323のF-4N。WS-15とWS-6共に同じ塗装であるから、同隊が一時的にマーキングをロービジに変えた事が判る。一般SNSには殆ど出ていない塗装の写真であり、興味深い。彼らは、1980年には空母コーラルシーに載ってアジア経由で中東に派遣されるが、マーキングはベトナム戦時代のものが復活している。次ページで確認して頂ける。
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